So-net無料ブログ作成
検索選択

佐田の山の死 [追悼]

 愛すれどTigers「キャンベルが先発即初打点」を更新しました。

 大相撲第50代横綱、佐田の山晋松さんの訃報 に接する。享年79。死因は肺炎。
 私は現役時代の佐田の山をリアルタイムでは見てへんけれど、大鵬全盛時に突き押しの相撲で立ち向かい、恵まれているとはいえない体躯ながら横綱にまで昇進した闘志の人というイメージがある。平幕優勝者は横綱になれないというジンクスを打ち破ったのも佐田の山で、平幕優勝をして横綱になったのはあとは貴乃花くらいか。ちなみに平幕優勝を果たした場所、なんと十両の清の盛(のちの先代木瀬親方)に敗れているという。
 本名は市川晋松となっているけれど、これは当時の出羽海親方(元幕内出羽ノ花)の娘婿になったから。もとの姓は「佐々田」です。名門出羽海部屋で横綱まで張った力士ではあるけれど、なんと本名に山をつけたくらいのしこ名やったりする。つまり入門してとりあえずつけたようなしこ名を改名せずにそのまま取り続けたということなんやね。それほど期待されてなんだということなのかな。それを覆してついには理事長までつとめたんやからたいしたものです。
 私が相撲を見始めた頃はもう出羽海親方やった。親方としては横綱三重ノ海、関脇鷲羽山、小結佐田の海(父)、小結舞の海など個性的な力士を育て、理事長職に専念するために部屋を鷲羽山に譲って境川親方となった。理事長としては準年寄の制度を作り、年寄名跡を相撲協会で一括管理しようとした。名跡の売買が高額になって腐敗の温床となると案じ、改革を進めたんやけれど、他にもそれまで勧進元に頼っていた巡業も協会主催にして暴力団などが間に入ったりしないようとしたんやけれど、あまりに急激に改革を進めたもんやから、志半ばで理事長職を元豊山の時津風親方に譲り、一理事として審判部長をつとめたりした。
 理想を高く持ち、それに向けて一心に進む方やったんやろうなあと思う。今でも舞の海さんは師匠について語る時、その人格をいつも讃えているし、境川をついだ元両国の現境川親方も、弟子に「佐田」の名をつけるほど心酔しているのがわかる。
 理事長時代の改革がうまくいけば、その後の野球賭博問題や八百長問題などもまた違った展開になっていたかもしれん。おそらく無念の思いで外から協会を見てはったんやないやろうか。
 謹んで哀悼の意を表します。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ