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第33回ABCお笑いグランプリ [演芸]

 今日も完全休養日。朝は「海賊戦隊ゴーカイジャー」「仮面ライダーフォーゼ」「スイートプリキュア」と定番を見て過ごす。「スイートプリキュア」は最終回。これについては明日書こう。
 午睡してから、夕方には「第33回ABCお笑いグランプリ」を見る。今年からコンビ結成年数の制限が緩和され、「M-1」により近い形のものになった。今回は漫才よりもコントの方が優勢。特に上位4組がみんなコント。しゃべくり漫才で育った私には寂しい限り。
 優勝したのはかまいたち。学校で盗難事件が起き、担任がホームルームで指導するという設定のコント。前身の「新人お笑いグランプリ」に続いて2度目の優勝ですね。私の好みでは2位のさらば青春の光のコントの方が面白かったんやけれどね。ぼったくりバーで200那由他3万円を請求された男と店員のやり取りが絶妙。かつてカール・セーガンの「COSMOS」を見た世代には必ず受けるネタやと思います。
 言葉足らずの友だちをフォローする変な奴のコントをしたソーセージ、幽霊のオーディション風景を描写した三日月マンハッタンも、前2者と僅差。以上4組、どこが優勝しても不思議ではない結果で、この水準なら全国放送してもいけるんと違うかな。高校生審査員の「MBS新世代漫才アワード」よりもレベルは高くなってる。
 こういうコンクールは最近は「なんでこんなんが残ってるねん」というレベルのコンビが必ず混じっていたもんやけれど、今回のグランプリはそれがなかった。ABCが「M-1」で培ったノウハウとこれまで積み重ねてきたものをうまくミックスさせた成果、というところかもしれんね。

「ワッハ上方」の「R-1ぐらんぷり」予選 [演芸]

 今日も微熱は残っていたけれど、なんとか出勤。授業の一環で午後から「ワッハ上方」に生徒を連れていく予定でして、30数人を連れていったからというて資料館存続に即つながるとは思われんけれど、焼け石に水とはいえ少しでも協力したい。文化を守るためには実行あるのみ。それと、生徒たちに授業でVTRを見せた芸人さんたちが生きていた証みたいなものを自分の目で見てもらいたいという思いがある。
 ここ数日、「ワッハ上方」では「R-1ぐらんぷり」の一次予選をやっている。昨日行っていたらたむらけんじさんが出ているのに遭遇していたところなんやけれど、そんな報道陣も集まっているところに生徒を連れていったら大変なことになっていたやろう。
 今日はまだ売れていない芸人さんたちが次々と出てきていた。生徒たちにとっては、そういうものを見る機会というのもなかなかないやろう(私もない)から、ええ体験になったと思う。
 それにしても、どこで笑うたらええんかわからん一人コントを延々と見せられるというのもなんですねえ。がんばってる芸人さんたちには悪いけれど、決勝に残れそうな人は、今日の私の見た範囲ではいてませんでした。一次審査の担当の人たちも大変やねえ。新人賞の下読みもこういう感じなのかな。
 というわけで、久しぶりの「ワッハ上方」、生徒たちとともに楽しませていただきました。
 職員のAさんとはここ数年毎年生徒たちを連れていっていることで、私のことを覚えてくれてはるけれど、今年は予約の電話を入れたらものすごく喜んでくれはった。新聞の無責任な報道などもあってつぶされたと勘違いをしている人もいてはるらしい。生き残りのために必死で苦労してはる。少しでも力になれたんやったら嬉しいんやけどな。

バカ殿の元祖 [演芸]

 今日は授業で藤山寛美の松竹新喜劇を見せる。当然、見たことのない生徒ばかり。
 感想に目を通すと、寛美さんの「あほぼん」を、志村けんさんの「バカ殿」の元祖だと感じた生徒がけっこう多い。
 なるほどね。私が考えていたよりも生徒たちはしっかりととらえてくれている。
 なんとなく安心。
 明日は年内最後の授業日。一段落つくんやなあと思うと、今からなんやほっとしてしまう。いかんいかん。なんとか気力で一日もたせなな。

キング・オブ・コント2011 [演芸]

 これっ、彼岸やがな。
 というわけで、秋分の日、四天王寺さんで引導鐘のひとつも衝きに行きたいところやけれど、日を改めて墓参りに行く予定なので、今日は休暇を取ってゴロゴロ。午睡もたっぷり。
 午後は野球、そして相撲を追っかけ録画で見て、白鵬が琴奨菊に敗れたりする波乱もあったけれど、まあまあゆっくり過ごす。
 夜は「キング・オブ・コント2011」をテレビで見る。私はやっぱりコントより漫才やなあ。役柄を決めて寸劇をし、それで笑わせるというよりも、何もないところに会話で笑いを生み出していくという、想像力を働かせる余地のあるものの方が性に合う。
 ただ、若い芸人さんにとっては小道具や衣装に凝ったりすることでわかりやすく笑いを取れるところに魅力があるのかとこれまでは思うてきた。そやけど今年の“2700”なんていうコンビの「コント」に得点が集まるのを見てたら「漫才ではできないことをやる」というのがコントの魅力になってるみたいやね。
 優勝は“ロバート”。忍者アトラクションの俳優が雑談しながらも本番にすんなり入るというネタと自動車整備工場の親父としゃべってばかりで邪魔になる工員が起こす混乱というネタを演じていた。何が面白いのかさっぱりわからなんだけれど、他の芸人がやらんようなことをしているというあたりで高得点を得たのかなあ。
 やっぱり私はコントとは性が合わんらしいということを確認した次第。

島田紳助の引退 [演芸]

 漫才師の島田紳助さん引退の報にびっくり。暴力団関係者と携帯メールでやり取りをするなど親密な関係にあったから、なんやそうです。
 いまや一芸人としてだけやなく「M-1グランプリ」などのプロデュースをしたりと漫才界の重鎮的な存在やっただけに、突然の引退は各方面に影響を与えるやろうなあ。
 政治家に転身とかいう噂もこれまでないわけやなかったけど、引退の理由が理由だけにそれも難しかろう。
 ただ、今回の件に関しては時代というものを感じる。かつては芸人と暴力団の交友というものはあっても黙認されたりしたわけで、それは芸人というものもまた一般社会から見たらアウトロー的存在やったから、ということが根底にある。そやけどテレビに出演するということが一つのステータスとなった現在、芸人の地位も上がったということで、アウトロー的存在やなくなったということなんやな。
 中田カウス師匠なんか「怪芸人」なんて言われてたりするけど、それは芸人がアウトローやった時代のにおいをいまだ身にまとっているからなんと違うやろうか。
 そういう意味では今回の紳助さんの引退ははからずも芸人の社会的ポジションの変化というものを大きくクローズアップさせるものなんかもしれんなあ。
 私たちの前から他に代えることのできない「芸人」が一人消えてしまう。社会的には不適切な行為をしたにしても、「島田紳助の穴」はそう簡単に埋められるもんやないと思うんやけど、如何。

比較してはならぬ [演芸]

 おお、明日から心の支えの3連休やないですか。今日はよう踏ん張った、と自分で自分をほめてみたりしてみたり。
 タイガースが完敗したあと、NHKEテレの「日本の話芸」で桂千朝さんの「三枚起請」をやっていたので見た。申し訳ないけど、五代目文枝師匠や人間国宝桂米朝師匠の「三枚起請」とどうしても比較してしまう。だまされ三人組のそれぞれの心の動きやら難波新地の女将の存在感や小てるの女郎ならではの哀しみやらがぼんやりとしか見えてこないのですねえ。いや、上方落語四天王と呼ばれた人たちと比較しなければ、千朝さんらしい味もあって悪くはないのですけれど。あらためて文枝師匠や米朝師匠のすごさを感じた次第。
 とにかく夫婦そろって眠い眠いばてばての状態ですので、早いとこ寝て疲れを取った方がええな。明日は完全休養日。心の支えじゃわーい。

 7月17日(日)は「たちよみの会」例会です。祇園祭山鉾巡行と日が重なったため、14時までに2人以上集まらなければ、そこで終了いたします。ご了承ください。ご参加をお待ちしています。

三枝から文枝へ [演芸]

 桂三枝師匠が「六代桂文枝」を襲名することになったという。歌舞伎では中村勘太郎が勘九郎を継ぐとか。襲名というのは芸人を大きくする効果があり(あまりに看板が大き過ぎるとつぶされることもあるけれど)、めでたいことではある。
 ではあるけれど、三枝師匠は「桂三枝」を自力で大きな看板にしたんやから、今さら文枝を襲名せんでもええのになあという思いが、私にはある。なによりも古典落語で五代目松鶴直伝の「天王寺詣り」や筆を加えて障子に歌を書く「天神山」、女性の色っぽさやかわいらしさが際立つ「たちきり」や「三枚起請」などを得意としていた五代目文枝と、創作落語中心の三枝師匠とでは、大看板についてくる大ネタの継承という部分で私には不安がある。
 六代文枝になろうと芸風は変える必要がないという意見の方もいてはるやろうけれど、大看板というのはそういうものやないのです。むろん三枝師匠はそんなことは承知の上で襲名を決意したんやろうけどね。
 「八代目松鶴」は当分出てきそうにないし、「四代目米朝」を継ごうという人はよほど勇気のある人やろうから、こちらもなかなか出てこないやろう。そやからこそ、桂文枝という大看板が無事継承されるのは、そのことだけでも大きな意味を持つことは確かなんやけど。

 7月17日(日)は「たちよみの会」例会です。祇園祭山鉾巡行と日が重なったため、14時までに2人以上集まらなければ、そこで終了いたします。ご了承ください。ご参加をお待ちしています。

日本芸能再発見の会 難波利三さん [演芸]

 昨日の夜は心斎橋で「日本芸能再発見の会」。今回の講師は直木賞作家の難波利三さん。この会では2度目になります。

 話の内容は、「取材裏話」みたいなもので、直木賞受賞前の「覗く」という官能小説でも実際に覗きをしている日人たちからかなり綿密な取材をしていたことなども語ってくれはった。むろん、話のメインは演芸関係の小説について。
 直木賞作品の「てんのじ村」や「小説吉本興業」、「奇芸人がゆく」などでの取材を通じて見た芸人さんたちの姿を楽しそうに語ってくれはった。
 温厚そうで常識人といった風に見える難波さんやけれど、その根っこには作家の方たちがもつ「書くこと」への飽くなき執着があるんやと、私には感じさせられた。
 講演の後は心斎橋の居酒屋で打ち上げ。難波さんと他の方たちのやり取りを聞きながら角ハイボールをちびちびと。次はまた半年後かな。新野新先生がまたちょっと小さくならはったような(もともとスリムな方なのですが)気がしたのが少々寂しい。とはいいつつ、焼酎の水割りをくいくいと飲んではる姿を見たらまだまだお元気でありますね。
 今日は一日休養日。テレビを見ながらダラダラと過ごしておりました。

卒業式と第41回NHK上方漫才コンテスト [演芸]

 今日は勤務校の卒業式。私は今年は照明係を担当。体育館の上の階からピンスポットライトを操る。卒業生たちが担任へのメッセージビデオを流しているのを見たとき、何かぐっとこみあげてきて思わず涙。あかんねん。私、こういうのに弱いんだ。来年は自分の番ですな。きっと泣くやろうなあ。来年の自分を重ね合わせているのかな。
 感情がたかぶると、疲れる。漫研の生徒からメッセージをもらい、またぐっときてしまう。帰宅するのもおっくうになるほど疲れた。
 夜はテレビで「第41回NHK上方漫才コンテスト」を見る。今年は決勝出場の6組すべてのレベルが高く、ABCのコンクールで優勝した経験のあるかまいたちが最終決勝に進まれへんくらい。決勝は漫才のスーパーマラドーナとコントのさらば青春の光が対戦。甲乙つけがたい出来やったけれど、優勝はスーパーマラドーナ。怪談と見せかけて笑いをとるという古典的パターンでありながら、絶妙の間で笑わせてくれた。こういうコンビのためにもM-1グランプリは残しておいてほしかったなあ。
 というわけで、今日は泣いたり笑うたり感情の起伏の激しい一日でありました。ああしんど。

情の濃い「肝つぶし」 [演芸]

 去年の夏、桂文珍独演会 で三遊亭好楽師匠の「肝つぶし」が陰な感じやったので、はて、「肝つぶし」いうたらこんな陰な噺やったかいなと気になりつつも特に上方落語の方で確かめるということもしてなんだんやけれど、今日のお昼にNHK教育テレビの「日本の話芸」で桂ざこば師匠の「肝つぶし」を放送するということで録画し、夜に聞く。
 恩と情愛の板挟みになった男がたまらず涙するというざこば師匠の演出が非常にええ感じで、陽気な噺やないけど、情の濃いええ落語やないですか。これは東西の違いということもあるかもしれんけど、ざこば師匠の人(ニン)というもんなのかもしれんなあ。恩人の息子のためなら自分の妹に刃物を向けようと決心しつつもいざ妹の寝顔を見たらそうもいかん。ぐっと緊張したところへざこば師匠本人にぱっともどって「できまへんで、ほんまできまへん。よめはんやったらぐさぐさぐさっと……いやあ、できまへんできまへん」と一瞬緩和させる。その間のよさ。「笑いは緊張の緩和」あるいは「間と呼吸」というのを地でいってます。ここで観客は一息つくから、修羅場が陰惨にならんのですな。
 ああ、よかった。半年前に味わった後味の悪さをやっと口直しできたという感じですわ。噛もうがトチろうがそんなことはものともしないざこば落語の味やね。ひさしぶりにざこば落語を生で聞きたくなったなあ。まあ今月いっぱいは労働で手いっぱいなんでそんな余裕はないか。中止になった春場所のかわりに落語というのもええかもしれんなあ。

 2月20日(日)は「たちよみの会」例会です。ご参加をお待ちしています。