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ドゥダメルのウィンナ・ワルツ [音楽]

 昨晩は眠りが浅く、何度も夜中に目が覚め、ままよ、と4時半ごろに起きる。寝てたらかえってしんどい。で、昨日録画しておいた落語番組を見たりして過ごす。今朝のMBS「らくごのお時間」は三代目春團治の「親子茶屋」、五代目文枝の「悋気の独楽」、枝雀の「宿替え」とアーカイヴから3席。うまいなあ、おもろいなあと思いながら名人芸を堪能。明日は米朝で「動物園」と「抜け雀」が放送される。「動物園」なんてDVDの全集には収録されてへんから、これはもう必見ですわ。なんとカンテレで裏番組として「扇町寄席」が放送される。落語だけの番組は数少ないだけに、時間をずらすとかしていただきたいものです。むろんダブル録画しますけどね。
 朝食時には、やはり昨日録画しておいた「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」を見る(聴く?)。今年の指揮者はベネズエラ出身のグスターヴォ・ドゥダメル。私の好きな若手指揮者であります。手兵のシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラを振ると、ラテンのノリでものすごくエネルギッシュな演奏になる。ベルリン・フィルを振ったリヒャルト・シュトラウスなどはオケに遠慮でもしてるのか、録音からは彼の溌剌さが伝わってこないのですね。さて、ウィーン・フィルとのウィンナ・ワルツはどうなるんでしょう。
 さすがにベネズエラのオケの時みたいな弾けた演奏にはならなんだけれど、とにかく楽しく弾んだ演奏。特に序曲やポルカではスピード感あふれる演奏になっていた。画面で見ると、とにかく嬉しそうに指揮してるのですね。それが演奏にも出ている。
 ただ、曲目はあまりポピュラーでないものが多かった。それはそれでええんやけれど、定番の曲をドゥダメルがどう表現するか聴いてみたかったなあ。
 というわけで、なんかうきうきするニューイヤーコンサートでありました。

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ブロムシュテットの第九 [音楽]

 大晦日であります。朝から早く目が覚めたので、昨日の深夜に録画したアニメ「ブレイブウィッチーズ」の最終回を見てから、朝食。やはり昨日録画した「プロ野球 戦力外通告の男たち」を見る。毎年見ているけれど、なんとも切ない気分にさせられてしまうなあ。
 昼前に外出。正月の実家への手土産を買いに、これも毎年恒例の阪神百貨店行き。中古CDと古本市は昨日までやった。そういえば去年は30日に買物に行ったんやった。地階で洋菓子の詰め合わせを買い、地下街の喫茶店で「オムライスドリア」なる珍妙なメニューを見つけたので、昼食はそれにする。グラタンのクリームソースの上にオムライスを乗せて、ミートソースをかけたものが出てきた。ドリアと違うように思うがなあ、これ。
 帰宅したらよほど疲れたのか横になりたくてしょうがない。すぐに午睡。夕刻目が覚め、買い物から帰ってきた妻と話をしていたら、甥にあげるお年玉の図書カードを買い忘れていたのを思い出し、近くのショッピングモールに閉店ぎりぎりに入ってなんとか購入。なんか昨日と違いばたばたしているぞ。
 夕食後、これも年末恒例になっているNHKEテレの「N響第九演奏会」を見る(聴く?)。指揮は御年89のヘルベルト・ブロムシュテット。旧東ドイツ時代、ドレスデン・シュターツカペルレを指揮したベートーヴェン交響曲全集があり、愛聴していた。弦を響かせるドレスデンならではの音色に、きびきびとしたテンポが調和したええ全集でした。
 この巨匠が、21世紀のN響にどのような音色を奏でさせるのか。
 N響がドレスデン・シュターツカペルレになった! 金管や声楽を抑え、弦と木管を豊に響かせ、しぶい音色を奏でている。テンポはあくまできびきびと、しかし高らかに歓喜を歌いあげるのではなく、音そのものに語らせるというのか。去年のヤルヴィの演奏とテンポの速さではそう変わらんのやろうけれど、決して無味乾燥になってへん。こういう演奏ができる指揮者はもういてへんようになったなあ。名演、とまでは言わんけれど、ブロムシュテット健在なりと感じさせる好演でありました。
 さて、今年もテレビ東京の「ジルヴェスター・コンサート」を見ながら新年を迎えることにしよう。
 今年もだらだらした日記におつきあいいただきありがとうございました。今年は例年以上に愚痴っぽい、文字通りの「ぼやき日記」になってしまいましたが、来年はもう少しぼやき芸を磨いて愚痴っぽくならんようにしたいものであります。
 みなさま、よいお年をお迎えください。

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イ・ムジチの「四季」 [音楽]

 仕事部屋でぼっち教諭をしているとちょいと寂しいのでBGMにクラシック名曲集などをかけているというのは以前ここに書いた。
 教材作成をしていて、曲がヴィヴァルディの「四季」より「春」の第一楽章に変わった。
 ふと昔のことを思い出す。あれは中学3年生の時、京都で「手塚治虫展」があって、手塚先生のサイン会のために私は並んでいた。大学生くらいの一団が近くにいて、壁に貼られたポスターを見ている。イ・ムジチ室内管弦楽団の来日公演のポスターやった。
 大学生の一人が「イ・ムジチ来るんか。やっぱり『四季』やるんやなあ。イ・ムジチというたらやっぱり『四季』やからなあ」なんてことを言うている。その頃の私は今ほどクラシックにくわしいわけやなかったけれど、「イ・ムジチの『四季』」くらいの知識はあった。ただ、そういう話をする相手はいてへんかった。
 ああいう会話をいつかしてみたいなあと、なんとなく格好よく見えたものでありました。なにしろ中学3年生といえばまだまだ子どもやからね。今、おっさんである私がそばにいて聞いていたら「わざわざ口にせんでもええようことを言うてるなあ」と思うやろうけれど。
 で、なんか「イ・ムジチの『四季』」が無性にほしくなり、高校に合格した祝いを親戚のお兄さんがくれると言うのでイ・ムジチのLPをリクエストしたのでありました。今思うと恥ずかしいけれど、私にもそういう時代があったんやなあと、思い出した次第。
 あの大学生、今はどうしているのかね。
 ちなみに今日BGMになっていた「四季」はイ・ムジチではなくカラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏であります。別にどうでもええことですけれど。

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3度目のヤンソンス [音楽]

 今日は朝から昨日録画した「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」を例年のごとく1日遅れで見る(聴く?)。
 今年の指揮はマリス・ヤンソンス。ニューイヤーの指揮は3度目。過去2回は、非常に生真面目な演奏で、ニューイヤーコンサートとしてはちょっとどうよという感じやったんで、あまり期待はしてなんだ。
 ところが!
 今年はうって変わったように非常におしゃれで気のきいたニューイヤーになってたんでびっくり。第一部のポルカ「観光列車で」ではあのカルロス・クライバーと全く同じ自ら発車のラッパを吹くお遊びを入れてたし、ポルカ「速達郵便」では郵便屋に変装した楽団員から渡された指揮棒を使うという演出。第二部ではそういう遊びは入れてなんだから、そのまま進むのかと思うたら、最後の最後、「ラデツキー行進曲」で、なんと曲の途中でコンサートマスターと握手して舞台から消えてしまい、指揮者なしでしばらく演奏が進み、あれれと思うたら最後に手拍子の指揮をしながら再入場。
 うーむ、こんな小洒落たことのできる指揮者やったとは。3度目ということで、ニューイヤーではどこまで遊んでええかということを体得したということか。演奏そのものも過去2回のようにきっちりと振って面白みのないものではなく、かなり軽妙になっていた。いやー、驚きました。
 来年はベネズエラの指揮者、ドゥダメルが初登場とのこと。どんなラテンなノリノリのニューイヤーになるのか。今から楽しみであります。

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パーヴォ・ヤルヴィの第九 [音楽]

 大晦日の夜は今年もN響の「第九」。今年の指揮者はパーヴォ・ヤルヴィ。父であるネーメ・ヤルヴィは、ファンやった方たちには申し訳ないけれど、私の印象ではなんでも録音するけれど、今ひとつ感銘を受ける録音というのがない方であるました。息子のパーヴォの演奏も、それほど聴いているわけやないけれど、特にこれという印象はなかった。
 さて、どんな「第九」に仕上がっているのか。
 とにかくテンポが速い。楽譜でベートーヴェンが指定した速度に忠実に演奏することにしていると、演奏の前のインタビューで答えていたけれど、ほんまにそうですね。古楽器オーケストラのベートーヴェンの交響曲はノリントンとかブリュッヘンなどを聴いたけれど、やはり高速演奏やった。
 早くても味があればええんやけれど、ザッハリヒというんですか、意識的に感情をこめずに演奏している感じ。第3楽章も速い速い。速さではシェルヘンの録音があるけれど、あちらは速くて面白い演奏やった。ヤルヴィはここでも特に感情をこめずに振っている感じ。
 さすがに終楽章は合唱が入るので、ソロ歌手が感情をこめて歌うためにそれまでの極力感情を排した楽章とは趣が異なっていたけれどね。
 こういうタイプの演奏が好きな方には好演やったかもしれんけれど、私はどちらかというと指揮者の個性を色濃く出すような演奏の方が好きなんで、ちょっと乗り切れない第九でありました。ただ、演奏としては決して悪くはなかった。要は指揮者の解釈を好むかどうか、というところですね。
 というわけで、今年もテレビ東京の「ジルヴェスター・コンサート」のカウントダウン演奏を聴いてから寝ることにします。
 今年もご愛読ありがとうございました。来年も引き続きごひいきのほど、よろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。

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“ザ・グレート”聴き比べ [音楽]

 今週は3日間しか出勤してへんかったのに、けっこう疲れていたとみえて、今日は一日眠い。それまで毎日だらだらしていたから、いきなり仕事となるとやっぱり体が対応しきれなんだかな。
 ここのところ、毎日のようにパソコンに向かう時はシューベルトの交響曲第9(8)番“ザ・グレート”のCDをいろいろな演奏で聴いている。なんというか、好きなのですね。壮大で、かつ明朗で、メロディが美しい。難しい曲なのか、録音する指揮者はそれほど多くない。
 勇壮なのはフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィル盤。何種類もあるけれど、どの演奏も気合満点。雄大なのはクナッパーツブッシュ指揮のウィーン・フィル盤。特に終楽章のテンポの落とし方が絶妙。カラヤン指揮のベルリン・フィル盤は70年代に録音されたものの方が流麗でメロディの美しさを楽しむには向いている。明朗さではバーンスタイン指揮コンセルトヘボウ盤。ニューヨーク・フィル盤も勢いがあって好きやけれど、晩年の指揮のスタイルが曲に合うている。意外とよかったのはショルティ指揮ウィーン・フィル盤。力強さと美しさがバランスよく表現されている。なぜかシカゴ響とは録音してへん。音色など聞き比べてみたかった。
 他にもワルター、ベーム、ボールト、ケルテス、アバドなどなど名だたる指揮者の録音があり、どれもそれぞれの個性が発揮されていて聴きあきません。今日はアバドが晩年に録音したモーツァルト管盤を聴きながらニュースサイトなどを読んでおります。灰汁がなくてアバドらしい心地よい演奏ですね。ちっょときれいすぎるかも。
 どれをお勧めということはないけれど、私が一番好きなのはバーンスタイン。最初にきくには一番よいかも。カップリングされている未完成ともども名演であります。

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イチオシの曲 [音楽]

 今日から授業開始。私の勤務校は前後期制なんで、始業式やないのであります。そのかわり全校集会を体育館で行う。3年生の卒業委員長が「今日から毎日お昼休みに卒業式に歌う歌を放送します」と言うている。毎日同じ歌ばかり聞かせるのもなんやと思うたのでしょう、「ほかに、日替わりで3年の先生方の“イチオシの曲”があります」のやそうです。
 私は3年の先生やないので、この企画には入られん。うーむ、残念。
 ふと思う。もし自分が“イチオシの曲”をきかれたら、いったい何を推薦するやろう。
 自分の好きな曲、だけではあかんやろうなあ。例えば植木等「だまって俺についてこい」なんてところ。校内放送にはちょっとそぐわないか。地獄の沙汰オールスターズ「地獄の沙汰も君次第」はどうか。アニメ好きの生徒にはバカ受けしそうやけれど。ジョージ・ガーシュウィン作曲の「スワニー」あたりでいくか。むろん歌うはアル・ジョルスン。ディック・ミネ「ダイナ」も好きなんですけどねえ。榎本健一の歌唱で「私の青空」なんてええかもしれん。生徒は知らんやろうけれど、実は一世を風靡した曲というあたりを推薦したいところですね。
 実は、生徒たちと同じくらいの年頃で胸にずんとこたえた“イチオシの曲”はある。矢野顕子「ごはんができたよ」であります。ただ、これはとっておきの曲なんで、そう簡単に推薦したくはないんやなあ。一番大切なものは見せびらかしたりはしないものなのですよ。
 さて、ほんまに依頼されていたら、何を選ぶやろうか。迷いに迷いそうですねえ。とても一曲に絞れそうにないわいね。

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交響詩「美しく青きドナウ」 [音楽]

 今日は例によって1日遅れで「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」の録画を見る。今年の指揮者はズービン・メータ。常連でありますね。スッペが好きで、必ずというてええほどプログラムに入れる。今年は序曲「ウィーンの朝・昼・夜」を第一部の頭にもってきていた。
 ニューイヤーは5度目の指揮で手慣れたもの。ただし、いつものことながら巨匠然としたテンポで、これでは重くて踊れません。私は初指揮の時から「交響詩美しく青きドナウ」なんて読んだりしていたけれど、今年の「ドナウ」もやっぱり悠然たるもの。ドナウ川というよりライン川の流れという感じですね。
 ただし、ムーティーやヤンソンスみたいに珍しい曲ばかり組みたがるようなことはせず、「常動曲」「加速度ワルツ(アッチュラレーション)」「オーストリアの村つばめ」「酒・女・歌」「アンネンポルカ」のような「ウィンナ・ワルツ・ベスト集」なんてCDによく入っている曲をたっぷりと聴かせてくれて、そこらあたりはアバド、マゼール亡き後に残った巨匠らしくてよかった。新鮮な顔とベテランを毎年のように入れ替えて組むウィーン・フィル。懐の深さを感じたのでありました。

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佐村河内守の裏切り [音楽]

 佐村河内守という作曲家が話題になっているのは知っていたけれど、実はほとんど関心がなかった。全聾の作曲家という話題ばかりが先行していたからで、まあ一度は聴いてみてもええかとも思うていたけれど、自分の好きな曲を好きな演奏家が演奏したCDを聴くだけでやっとという状況やったからですね。
 で、その佐村河内氏が作曲したとされていた曲は他人の代作やったということで騒がれている。裏切られたとかなんとか。
 つまり全聾の作曲家が作曲したから有り難がっていただけですか。
 音楽の楽しみ方としてはなんか違うなあという気がしてならんなあ。作曲家が誰であっても、名曲は名曲。例えば文部省唱歌は長年誰が作曲したか公表されてなんだ。それでも多くの人がそれらを聴き、また口にしてきた。ええ曲やったからでしょう。
 裏切られたのなんのというて非難するということは、曲そのものに感動したんやなくてそれを作った作曲家の物語にとらわれていただけということになる。
 まあ、著作権の問題とかいろいろあるからCDや楽譜の出荷停止というのは仕方ない。作曲家に与えた表彰を取り消すのも仕方ないやろう。
 そやけど、曲そのものを聴いて感動を覚えたんやったら、裏切られたも何もないはず。例えばベートーヴェンの交響曲を聴く時にいちいち耳が聞こえない状態で作られた曲かどうかを気にしながら聴きますか。ワーグナーの曲を聴く時にいちいちこの男は弟子の妻を寝とったひどい男が作曲したとか思いながら聴きますか。
 さらにいえば、どんな名曲も演奏家によっては凡庸な曲としか感じられなんだり、そんなたいした曲やないと思うていた曲が演奏家次第でものすごく面白く感じられたりもする。大事なのは西田幾多郎の言葉を借りると、その曲を聴いた時の純粋経験であって、佐村河内氏が作曲しようが新垣隆という人が作曲しようが、その曲そのもの持つ力や演奏の素晴らしさの前ではどうでもええことなんやないかなあ。
 がぜん佐村河内氏がイメージを作り新垣氏が仕立て上げた一連の作品を聴きたくなってきた。どんな人によって作られた曲かということの方が大切であるような凡庸な曲なのか、誰が作ったにしても純粋に感動できる曲なのか。非常に気になるやないですか。

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完璧なりカラヤン [音楽]

 明日は休暇を取ったので、本日が私の御用納め。
 年内にすましておきたい仕事はとりあえずすました。年明けにまわせる仕事はそのままに。やっと一息つけられる。
 夕食時に、「クリスマスメニューみたいやね」なんて妻が言うもんやから、CDを出してきてカラヤンが晩年に録音したベルリン・フィルとの「くるみ割り人形組曲」をかける。リマスタリングで非常にクリアな音に仕上がっているCDで、カラヤンとベルリン・フィルの磨き上げた美しくもゴージャスな音楽をバックに食事。あまりにも完璧に磨きあげられ過ぎ、かわいらしいはずの曲も気を引き締められるような演奏。妻も私も音楽に気を取られてしまい、せっかくの食事の味を楽しめないくらい。
 そやけどなあ、どんな完璧な演奏であっても、チャイコフスキーのメロディの美しさやかわいらしさよりも、カラヤン独特の美麗さが勝ってしまい、「くるみ割り人形」という楽曲の魅力が後ろに引っ込んでしまうのが難点ですなあ。子どもたちがパーティに集まってくる場面の「小さな序曲」も、着飾った大人の美女たちがエレガンスに会場に入ってくるような情景が浮かんでしまう。
 口直しに同じ「くるみ割り人形」の「花のワルツ」だけフィードラー指揮ボストン・ポップスの親しみやすい演奏を聞く。カラヤンと対極の、軽いけれどもうきうきしてくるような演奏。これはこれでチャイコフスキーの音楽とはちょっと違うような気がするけれど、食事のバックに流すには最適やったかも。
 仕事がとりあえず一段落したら、音楽でも聴こうかという気持ちの余裕が出たのかな。

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