淡島千景の死 [追悼]

女優淡島千景さんの訃報に接する。享年87。死因は膵臓がん。
私の大好きな映画「夫婦善哉」の蝶子の素晴らしかったこと! 東京出身やというのに、まったく違和感のない大阪弁。さすが宝塚歌劇出身、音感がええんやね。いじらしく、たくましく。そんな蝶子の魅力は原作小説にもないものやった。
三國連太郎版「王将」では女房の小春を演じていて、坂田三吉にふりまわされながらも最後まで応援をしていく姿を演じているけれど、ちょっとヒステリックでその魅力が十分に発揮されていたという感じやなかったなあ。
リアルタイムではもう歳をとった姿しか見ることはなかったけれど、ええ感じの歳の取り方をしたはったと思う。貫禄とかわいらしさが同居していて独自の存在感をたたえていた。
でも、私にとっての淡島さんは「夫婦善哉」の蝶子ですねん。森繁さんの柳吉はわがままでどうしようもない男なんやけど、蝶子はそんなだめ男の中の可愛気につい負けてしまう。それも仕方ないと思わされる。
可愛く品がありなおかつたくましく強い、これが絶妙にブレンドされた女優さんやった。こういう女優さんはそうは出てこんと思う。
謹んで哀悼の意を表します。
2月19日(日)は「たちよみの会」例会です。ご参加をお待ちしています。
大平シローの死 [追悼]
バタバタと仕事。とりあえず一区切りつく。そやけど、今日もまだ助走段階。真の恐怖は来週やってくる。嗚呼!
夜、ネットにつないでニュースをチェックしていたら、元漫才師、大平シローさんの訃報 に接する。享年55。死因は非公表。どうやら心臓疾患らしい。
大平シローさんというたら、1980年代マンザイブームの時の「太平サブロー・シロー」としての活躍。ものまねのうまい芸人は漫才もうまいと言う人もいてたと記憶しているけれど、オール阪神巨人とサブロー・シローは双璧やった。特にサブロー・シローは先輩漫才師のものまねをするという恐ろしいことをしていた。それがまた雰囲気をうまくとらえていた。いとし・こいし、やすし・きよしという大物で受けを取っていた。
漫才コンビとして合うていたとしても、本人同士の仲がええとは限らん。マンザイブームの前、サブロー・シローはコンビ別れをし、それぞれ別の相方と漫才をしていた時期もある。サブローさんは鳳ポーカーという人と、シローさんは浮世亭ジョージという人と組んでいて、そのころテレビでそれぞれの漫才を見たと思うけれど、あまり面白くなかったのを覚えている。で、結局元の鞘に収まったところにマンザイブームがきた。
ブームが終わったあと、二人は吉本興業を抜けて東京に行く。吉本も黙って見ていたわけやなく、テレビ局に手を回したりして二人の活動を妨害したと聞く。結局コンビは別れ、シローさんは参議院選挙に立候補したりして話題になったけれど、うまくいかなんだ。サブローさんが早々と吉本に復帰してピンで活躍し出すと、しばらくしてからシローさんも吉本に戻った。私はサブロー・シローの復活を期待したけれど、結局最後まで再結成はならなかった。
ラジオ番組でシローさんがしゃべっているのを聞いたことがある。しゃべりのうまさは健在やった。それでも、一度こじれた仲は修復でけなんだんやろうか。シローさんは若い人と組んで漫才もしていたみたいやけれど、サブローさんは横山やすしに扮して西川きよしさんと「やすきよ」を演じるだけで、本格的に新しい相方と漫才をすることはなかった。それだけが救いやった。
いつか、ずっと年を取ってから、フリートークでええから共演してくれる日が来るものと期待していたけれど、結局それはかなわなんだ。漫才という演芸の難しさは、話芸のあるなしだけやなく、コンビの人間関係にもあるということを改めて教えてくれたように思う。
謹んで哀悼の意を表します。
夜、ネットにつないでニュースをチェックしていたら、元漫才師、大平シローさんの訃報 に接する。享年55。死因は非公表。どうやら心臓疾患らしい。
大平シローさんというたら、1980年代マンザイブームの時の「太平サブロー・シロー」としての活躍。ものまねのうまい芸人は漫才もうまいと言う人もいてたと記憶しているけれど、オール阪神巨人とサブロー・シローは双璧やった。特にサブロー・シローは先輩漫才師のものまねをするという恐ろしいことをしていた。それがまた雰囲気をうまくとらえていた。いとし・こいし、やすし・きよしという大物で受けを取っていた。
漫才コンビとして合うていたとしても、本人同士の仲がええとは限らん。マンザイブームの前、サブロー・シローはコンビ別れをし、それぞれ別の相方と漫才をしていた時期もある。サブローさんは鳳ポーカーという人と、シローさんは浮世亭ジョージという人と組んでいて、そのころテレビでそれぞれの漫才を見たと思うけれど、あまり面白くなかったのを覚えている。で、結局元の鞘に収まったところにマンザイブームがきた。
ブームが終わったあと、二人は吉本興業を抜けて東京に行く。吉本も黙って見ていたわけやなく、テレビ局に手を回したりして二人の活動を妨害したと聞く。結局コンビは別れ、シローさんは参議院選挙に立候補したりして話題になったけれど、うまくいかなんだ。サブローさんが早々と吉本に復帰してピンで活躍し出すと、しばらくしてからシローさんも吉本に戻った。私はサブロー・シローの復活を期待したけれど、結局最後まで再結成はならなかった。
ラジオ番組でシローさんがしゃべっているのを聞いたことがある。しゃべりのうまさは健在やった。それでも、一度こじれた仲は修復でけなんだんやろうか。シローさんは若い人と組んで漫才もしていたみたいやけれど、サブローさんは横山やすしに扮して西川きよしさんと「やすきよ」を演じるだけで、本格的に新しい相方と漫才をすることはなかった。それだけが救いやった。
いつか、ずっと年を取ってから、フリートークでええから共演してくれる日が来るものと期待していたけれど、結局それはかなわなんだ。漫才という演芸の難しさは、話芸のあるなしだけやなく、コンビの人間関係にもあるということを改めて教えてくれたように思う。
謹んで哀悼の意を表します。
市川森一の死 [追悼]
今日は所用で京都に。出ついでに仲人さんへのお歳暮を注文しに新京極へ。お歳暮は必ず千枚漬に決めているのです。それも「大藤」の。やはり千枚漬本家の味、とにかく美味。ただし、お値段もそれなりのものではあるんですけどね。進物をけちってはいけません。
帰宅途上、駅前の中古ゲームソフト店により、ニンテンドーDSのソフトを買う。むろんかなり古くて安いものを選ぶのであります。スカをつかまされても後悔せんように、ですね。帰宅して少し遊ぶ。昔はやった「脳トレ」はすぐに飽きた。「ブラックジャック」は原作漫画のテイストがちゃんと残されているのでもう少し続けてみようかな。ただ、ペンの扱いに慣れてへんからなかなかうまいこといかんですよ。
それはともかく、朝のテレビニュースで脚本家の市川森一さんの訃報に接する。NHKのニュースではあったけれど、「快獣ブースカ」でデビューしたことも「ウルトラマン」シリーズを多数担当していたことも報道していて、少しほっとした。享年70。死因は肺癌。
ずいぶん昔、テレビを見ていたら「一枚の写真」という短い番組に出演してはって、ブースカと並んで写っているにこやかな表情の写真を「思いでの一枚」として紹介してはった。「自分の原点として大切にしている」と語ってはったのが今でも印象に残る。いわゆる「ジャリもの」をキャリアに入れたがらん方もいてはるけれど、市川さんという方はそうやなかった。円谷プロで鍛えられて一人前になったということに誇りを抱いてはったんやなあ。そういうもののおかげでものの考え方が作られていった当時の子どもとしては、それが嬉しい。
「ウルトラセブン」や「帰ってきたウルトラマン」ではメッセージ性が前面に出ていた金城哲夫さんや上原昭三さんと比較すると幾分ファンタスティックな噺を担当してはった。私の好きな「盗まれたウルトラアイ」なんて、宇宙人の少女とモロボシ・ダンの細やかな心情描写が幼心に印象付けられたし、「帰ってきたウルトラマン」の「天使と悪魔の間に」では地球人の子どもに擬態した侵略者の策にまんまと引っ掛かった伊吹隊長の苦悩なんて、今時の子供向け番組ではもう出けんやろうな。
自分の青春をふりかえった「私の愛したウルトラセブン」は、亡命アメリカ兵士の話なんてドラマをつけたことが裏目に出ていたような気がするけれど、当時の円谷プロへの思いが強く伝わってたよなあ。
大河ドラマ「黄金の日々」やら「花の乱」やらも大河ドラマの歴史では異色の作品やった。
先日鬼籍に入らはった石堂淑朗さんともども、私たちの世代にいろいろなものを残してくれはった。今、見返すと「やりすぎちゃうん」と思うくらい思い切った脚本を書いてはったのですよねえ。
謹んで哀悼の意を表します。
帰宅途上、駅前の中古ゲームソフト店により、ニンテンドーDSのソフトを買う。むろんかなり古くて安いものを選ぶのであります。スカをつかまされても後悔せんように、ですね。帰宅して少し遊ぶ。昔はやった「脳トレ」はすぐに飽きた。「ブラックジャック」は原作漫画のテイストがちゃんと残されているのでもう少し続けてみようかな。ただ、ペンの扱いに慣れてへんからなかなかうまいこといかんですよ。
それはともかく、朝のテレビニュースで脚本家の市川森一さんの訃報に接する。NHKのニュースではあったけれど、「快獣ブースカ」でデビューしたことも「ウルトラマン」シリーズを多数担当していたことも報道していて、少しほっとした。享年70。死因は肺癌。
ずいぶん昔、テレビを見ていたら「一枚の写真」という短い番組に出演してはって、ブースカと並んで写っているにこやかな表情の写真を「思いでの一枚」として紹介してはった。「自分の原点として大切にしている」と語ってはったのが今でも印象に残る。いわゆる「ジャリもの」をキャリアに入れたがらん方もいてはるけれど、市川さんという方はそうやなかった。円谷プロで鍛えられて一人前になったということに誇りを抱いてはったんやなあ。そういうもののおかげでものの考え方が作られていった当時の子どもとしては、それが嬉しい。
「ウルトラセブン」や「帰ってきたウルトラマン」ではメッセージ性が前面に出ていた金城哲夫さんや上原昭三さんと比較すると幾分ファンタスティックな噺を担当してはった。私の好きな「盗まれたウルトラアイ」なんて、宇宙人の少女とモロボシ・ダンの細やかな心情描写が幼心に印象付けられたし、「帰ってきたウルトラマン」の「天使と悪魔の間に」では地球人の子どもに擬態した侵略者の策にまんまと引っ掛かった伊吹隊長の苦悩なんて、今時の子供向け番組ではもう出けんやろうな。
自分の青春をふりかえった「私の愛したウルトラセブン」は、亡命アメリカ兵士の話なんてドラマをつけたことが裏目に出ていたような気がするけれど、当時の円谷プロへの思いが強く伝わってたよなあ。
大河ドラマ「黄金の日々」やら「花の乱」やらも大河ドラマの歴史では異色の作品やった。
先日鬼籍に入らはった石堂淑朗さんともども、私たちの世代にいろいろなものを残してくれはった。今、見返すと「やりすぎちゃうん」と思うくらい思い切った脚本を書いてはったのですよねえ。
謹んで哀悼の意を表します。
西本幸雄の死 [追悼]
仕事が終わり、へろへろになって帰宅。今日は朝から幾分集中力を欠いていて、細かなミスがちょこちょこと。致命的なのはなかったからよかったけど、そうとう疲れているみたいやな。
帰宅後、録画した相撲を見ていたら、白鵬が豪快な投げで琴欧洲を下してすんなりと優勝を決めてしもうた。大関陣よ、もう少し差を詰めたらんかいと叱咤激励したくなる。私が叱咤激励したから強くなるということはないやろうけど。
夜、いくつかニュースサイトをめぐっていたら西本幸雄さんの訃報に接する。享年91。死因は心不全。
大毎オリオンズ、阪急ブレーブス、近鉄バファローズとパ・リーグ一筋に3球団の監督をし、それぞれのチームを優勝に導いた名監督なんてのは、プロ野球ファンならどなたでもご存知のはず。それよりもこれらのチームが今はもうなくなったか名前も親会社もかわっているというのが、なんとも言えんところであります。
私はブレーブスの監督時代はさすがに小さかったからあまり記憶にない。あ、アニメ「侍ジャイアンツ」で敵将としてブレーブス時代の西本さんが出ていたのは覚えているぞ。まあそれくらい。
そやから、私の記憶にあるのは近鉄バファローズ時代の西本さん。宿毛キャンプでバットをお尻にあててつっかい棒にし、それを椅子がわり(?)にしているポーズなんか、スポーツ紙の写真でよくみたものです。
タイガースがらみでいうと、この前亡くならはった久万オーナーがなんとか西本さんに監督になってもらいたがっていた。実際、1985年のシーズンは西本さんが監督になるという報道が飛び交ったものです。結局年齢を理由に辞退し、吉田監督が復帰して初の日本一に輝いたのはタイガースファンなら誰でも知っているはず。
真弓前監督の後任にファイターズ前監督の梨田さんの名が浮上したのも、西本野球を注入してほしいという希望があったかららしいし、最終的に有田さんがヘッドコーチになったのも西本イズムの体現者という意味合いがあるはず。
人呼んで「悲運の名将」。そやけど、引退試合でブレーブスとバファローズの両チームの選手から胴上げされたりしているわけやから、こんなに幸せなことはない。
もしあの時にタイガースのユニフォームを着ていたらどうなったやろうか。タイガースというチームをどのように変えてくれたやろう。
でも、結果的にはタイガースに来なくてよかった。西本さんはパ・リーグ一筋。そやからこそその存在感が際立っていたんやと思うから。
謹んで哀悼の意を表します。
帰宅後、録画した相撲を見ていたら、白鵬が豪快な投げで琴欧洲を下してすんなりと優勝を決めてしもうた。大関陣よ、もう少し差を詰めたらんかいと叱咤激励したくなる。私が叱咤激励したから強くなるということはないやろうけど。
夜、いくつかニュースサイトをめぐっていたら西本幸雄さんの訃報に接する。享年91。死因は心不全。
大毎オリオンズ、阪急ブレーブス、近鉄バファローズとパ・リーグ一筋に3球団の監督をし、それぞれのチームを優勝に導いた名監督なんてのは、プロ野球ファンならどなたでもご存知のはず。それよりもこれらのチームが今はもうなくなったか名前も親会社もかわっているというのが、なんとも言えんところであります。
私はブレーブスの監督時代はさすがに小さかったからあまり記憶にない。あ、アニメ「侍ジャイアンツ」で敵将としてブレーブス時代の西本さんが出ていたのは覚えているぞ。まあそれくらい。
そやから、私の記憶にあるのは近鉄バファローズ時代の西本さん。宿毛キャンプでバットをお尻にあててつっかい棒にし、それを椅子がわり(?)にしているポーズなんか、スポーツ紙の写真でよくみたものです。
タイガースがらみでいうと、この前亡くならはった久万オーナーがなんとか西本さんに監督になってもらいたがっていた。実際、1985年のシーズンは西本さんが監督になるという報道が飛び交ったものです。結局年齢を理由に辞退し、吉田監督が復帰して初の日本一に輝いたのはタイガースファンなら誰でも知っているはず。
真弓前監督の後任にファイターズ前監督の梨田さんの名が浮上したのも、西本野球を注入してほしいという希望があったかららしいし、最終的に有田さんがヘッドコーチになったのも西本イズムの体現者という意味合いがあるはず。
人呼んで「悲運の名将」。そやけど、引退試合でブレーブスとバファローズの両チームの選手から胴上げされたりしているわけやから、こんなに幸せなことはない。
もしあの時にタイガースのユニフォームを着ていたらどうなったやろうか。タイガースというチームをどのように変えてくれたやろう。
でも、結果的にはタイガースに来なくてよかった。西本さんはパ・リーグ一筋。そやからこそその存在感が際立っていたんやと思うから。
謹んで哀悼の意を表します。
立川談志の死 [追悼]
今日は勤労感謝の日。自分の勤労に自分で感謝しつつ、一日完全休養。午後からはしっかり午睡。でもまだまだ1日だけでは疲れが取れんのでありました。
相撲中継を録画したのを見ていたら、速報で立川談師匠の訃報が。
がんや糖尿病などでここ10年ずっと闘病してはったわけで、ついにこの日が来たかと。私は生の高座では1度だけしか聞いてへんから、その時の印象でしか談志落語は語られへんけれど、その力量の並々ならぬことは、その時に強く感じたなあ。「粗忽長屋」のシュールな展開、「品川心中」の迫真の語り口。今でも忘れられん。
ただ、妙なところで恥ずかしがりやなんやなあとも感じた。「品川心中」の盛り上がってきたところでいきなり噺を中断して袖の弟子に向かい「ここ、これであってたっけ」なんて声をかけるのですね。この中断は、この時はこたえた。せっかく落語の世界に没入していたのに、すっとそこから現実に引き戻され、こうゆうことをやるかなあと残念に思うた。
今思うと、噺に没入している自分をどこか恥ずかしく感じていたんやないかということやったのかもしれん。そこが、長いまくらで世間話をしつつ自分の世界に引き込んでいく柳家小三治師匠との違いやった。
持論の「落語はイリュージョンである」というのは私には得心でけんかったのはその高座を見ていたからで、「イリュージョン」というならば途中で現実に戻させるようなことはしてほしくなかったと、今でも思う。
落語研究の方面でも何冊か読み、とても面白かった。こんなに落語が好きな人はそうそういてへんのやないかと思わせた。落語が好きで寄席が好きな人が、その寄席に背を向けなならんようになってしもうたところに悲劇もあったんやないか。
謹んで哀悼の意を表します。
相撲中継を録画したのを見ていたら、速報で立川談師匠の訃報が。
がんや糖尿病などでここ10年ずっと闘病してはったわけで、ついにこの日が来たかと。私は生の高座では1度だけしか聞いてへんから、その時の印象でしか談志落語は語られへんけれど、その力量の並々ならぬことは、その時に強く感じたなあ。「粗忽長屋」のシュールな展開、「品川心中」の迫真の語り口。今でも忘れられん。
ただ、妙なところで恥ずかしがりやなんやなあとも感じた。「品川心中」の盛り上がってきたところでいきなり噺を中断して袖の弟子に向かい「ここ、これであってたっけ」なんて声をかけるのですね。この中断は、この時はこたえた。せっかく落語の世界に没入していたのに、すっとそこから現実に引き戻され、こうゆうことをやるかなあと残念に思うた。
今思うと、噺に没入している自分をどこか恥ずかしく感じていたんやないかということやったのかもしれん。そこが、長いまくらで世間話をしつつ自分の世界に引き込んでいく柳家小三治師匠との違いやった。
持論の「落語はイリュージョンである」というのは私には得心でけんかったのはその高座を見ていたからで、「イリュージョン」というならば途中で現実に戻させるようなことはしてほしくなかったと、今でも思う。
落語研究の方面でも何冊か読み、とても面白かった。こんなに落語が好きな人はそうそういてへんのやないかと思わせた。落語が好きで寄席が好きな人が、その寄席に背を向けなならんようになってしもうたところに悲劇もあったんやないか。
謹んで哀悼の意を表します。
隆の里の死 [追悼]
朝から体が重い。過労性のめまいが昨晩出た。今朝はかなりましになったとはいえ、まだふらつきも見られる。そやけど、明日の「芸術鑑賞会」に向けてやらんならんことがいっぱいある。これは私の責任でやらんならんことなんで、なんとしても出勤せんならん。気力で出る。午前中いっぱいかけて、生徒向けのプログラムの配布や諸注意の印刷と配布、座席表の配布などをすませる。午後からの授業はくらくらしながらも内容はしっかりと。気力を振り絞る。搾りかすになって帰宅。
夕刊に目を通していたら、元横綱隆の里の鳴戸親方の訃報 に接する。死因は急性呼吸不全。享年59。まさに急死というしかない。
これはまた、言葉もない。若くして糖尿病に罹患し、それを克服して横綱にまで上り詰め、最盛期の千代の富士の最大のライバルとして立ちはだかった。親方になってからは若の里、隆乃若、隆ノ鶴、稀勢の里、高安、隆の山などを育成した。部屋全体で八百長などとは無縁。師匠の元横綱初代若乃花幹士の薫陶よろしく、弟子たちも猛稽古で鍛え上げた。いちはやくウェイトトレーニングなどを導入したり、研究熱心なことでも知られていた。
最近は「週刊新潮」に「角材で弟子を殴った」「隆の山を太らせるためにインスリン注射をすすめた」「部屋の行司が同性愛者だった」というような記事が掲載され、放駒理事長から事情聴取を受けたりするなど、かなり心労がたまっていたと思われる。持病のぜんそくが悪化して入院中の急死。弟子の稀勢の里が九州場所で大関昇進をかける大事な時期にこういう記事が出たことで、稀勢の里が平常心でいられるように気を配っていたという。
記事の正否は私にはわからん。ただ、自分が現役のころの二子山部屋の猛稽古を今も行っていたとしたら、それを「しごき」と非難するような風潮には内心穏やかではいられなんだやろう。信念を持って厳しく力士を鍛え上げようとしたことが悪意のこもった目で見られたら単なる暴力行為にとられることがあったとしてもおかしくない。
稀勢の里が大関を狙う場所の直前に、そういうネガティブ・キャンペーンをはられたことが間接的に親方の死に結びついていたという見方もできるやろう。
全盛時の隆の里の豪快な取り口、「おしん、家康、隆の里」と称されたほど、耐えに耐えながら栄光をつかんだその精神力の強さ。それだけの人物でもストレスがたまり過ぎると持病を悪化させ死に至らしめることになるんやなあ。
短い期間ながら最強というほどの強さを示し、親方としてもすぐれた指導力を発揮した人物が、こんなに早く逝ってしまうとは。こんな状態で大関昇進をかけて土俵に上がらなならん稀勢の里の心境はいかばかりか。平常心で相撲が取れるかどうか。
堂々たる不知火型の土俵入りを、今も思い出す。威風堂々という言葉がふさわしい、強烈に記憶に残る横綱やった。
謹んで哀悼の意を表します。
それにしても、毎日ショックをじわじわと受けるようになってるなあ。これはほんまにきついでえ。
夕刊に目を通していたら、元横綱隆の里の鳴戸親方の訃報 に接する。死因は急性呼吸不全。享年59。まさに急死というしかない。
これはまた、言葉もない。若くして糖尿病に罹患し、それを克服して横綱にまで上り詰め、最盛期の千代の富士の最大のライバルとして立ちはだかった。親方になってからは若の里、隆乃若、隆ノ鶴、稀勢の里、高安、隆の山などを育成した。部屋全体で八百長などとは無縁。師匠の元横綱初代若乃花幹士の薫陶よろしく、弟子たちも猛稽古で鍛え上げた。いちはやくウェイトトレーニングなどを導入したり、研究熱心なことでも知られていた。
最近は「週刊新潮」に「角材で弟子を殴った」「隆の山を太らせるためにインスリン注射をすすめた」「部屋の行司が同性愛者だった」というような記事が掲載され、放駒理事長から事情聴取を受けたりするなど、かなり心労がたまっていたと思われる。持病のぜんそくが悪化して入院中の急死。弟子の稀勢の里が九州場所で大関昇進をかける大事な時期にこういう記事が出たことで、稀勢の里が平常心でいられるように気を配っていたという。
記事の正否は私にはわからん。ただ、自分が現役のころの二子山部屋の猛稽古を今も行っていたとしたら、それを「しごき」と非難するような風潮には内心穏やかではいられなんだやろう。信念を持って厳しく力士を鍛え上げようとしたことが悪意のこもった目で見られたら単なる暴力行為にとられることがあったとしてもおかしくない。
稀勢の里が大関を狙う場所の直前に、そういうネガティブ・キャンペーンをはられたことが間接的に親方の死に結びついていたという見方もできるやろう。
全盛時の隆の里の豪快な取り口、「おしん、家康、隆の里」と称されたほど、耐えに耐えながら栄光をつかんだその精神力の強さ。それだけの人物でもストレスがたまり過ぎると持病を悪化させ死に至らしめることになるんやなあ。
短い期間ながら最強というほどの強さを示し、親方としてもすぐれた指導力を発揮した人物が、こんなに早く逝ってしまうとは。こんな状態で大関昇進をかけて土俵に上がらなならん稀勢の里の心境はいかばかりか。平常心で相撲が取れるかどうか。
堂々たる不知火型の土俵入りを、今も思い出す。威風堂々という言葉がふさわしい、強烈に記憶に残る横綱やった。
謹んで哀悼の意を表します。
それにしても、毎日ショックをじわじわと受けるようになってるなあ。これはほんまにきついでえ。
北杜夫の死 [追悼]
作家“どくとるマンボウ”北杜夫さんの訃報に接する。死因は腸閉塞。享年84。
作品論については様々サイトで触れられているから、それほど熱心な読者というわけやなかった私は別の観点からおくやみを。
それは、タイガースファンの先達としての北さんであります。北さんは例えば自分が耳を引っ張っている時にタイガース打線が打ち始めたら、そのポーズのまま動きを止めたりりしてはったという。そしてそれは次第にヨガのポーズみたいになっていったんやそうです。
この気持ち、ようわかる。私はヨガのポーズはとらんけれど、同様の局面で寝っ転がっていたら、チェンジになるまで横になったまま動かなんだりする。北さんは念を送ったりしたらしいけどね。あれ、ちょっとでも動いてしまい、そこでチャンスを逸したら、「ああしもうた。俺が動いたせいでタイガースは点を取れなんだ」とくやむんだ。「タイガースは自分が勝たせてるという気分になってるわけね。
かんべむさしさんの「決戦・日本シリーズ」ではタイガースの攻撃の前に北さんをモデルとしたらしい作家が突如球場に現れてタイガースを勝たせるためのヨガのポーズを取るという場面がある。かんべさんも北さんのファンやったんやろうかなあ。
タイガースが優勝した時には、北さんがタイガースについて書いた文章を集めて再編集した文庫が出たりもしていた。その本が出た時にはどうやら鬱状態やったみたいで、、せっかくタイガースが優勝したのに大騒ぎできないのが残念だというようなことを書いてはった。
いろいろとニュースサイトを見てみたけれど、北さんが大のタイガースファンやったことに触れている記事はなかったなあ。
阿川弘之さんは「犬と麻ちゃん」やその続編「末の末っ子」に北さんや遠藤周作さんをモデルにした人物を登場させたはる。同業者が登場させたくなるような個性の持ち主やったということなんやろう。
謹んで哀悼の意を表します。
作品論については様々サイトで触れられているから、それほど熱心な読者というわけやなかった私は別の観点からおくやみを。
それは、タイガースファンの先達としての北さんであります。北さんは例えば自分が耳を引っ張っている時にタイガース打線が打ち始めたら、そのポーズのまま動きを止めたりりしてはったという。そしてそれは次第にヨガのポーズみたいになっていったんやそうです。
この気持ち、ようわかる。私はヨガのポーズはとらんけれど、同様の局面で寝っ転がっていたら、チェンジになるまで横になったまま動かなんだりする。北さんは念を送ったりしたらしいけどね。あれ、ちょっとでも動いてしまい、そこでチャンスを逸したら、「ああしもうた。俺が動いたせいでタイガースは点を取れなんだ」とくやむんだ。「タイガースは自分が勝たせてるという気分になってるわけね。
かんべむさしさんの「決戦・日本シリーズ」ではタイガースの攻撃の前に北さんをモデルとしたらしい作家が突如球場に現れてタイガースを勝たせるためのヨガのポーズを取るという場面がある。かんべさんも北さんのファンやったんやろうかなあ。
タイガースが優勝した時には、北さんがタイガースについて書いた文章を集めて再編集した文庫が出たりもしていた。その本が出た時にはどうやら鬱状態やったみたいで、、せっかくタイガースが優勝したのに大騒ぎできないのが残念だというようなことを書いてはった。
いろいろとニュースサイトを見てみたけれど、北さんが大のタイガースファンやったことに触れている記事はなかったなあ。
阿川弘之さんは「犬と麻ちゃん」やその続編「末の末っ子」に北さんや遠藤周作さんをモデルにした人物を登場させたはる。同業者が登場させたくなるような個性の持ち主やったということなんやろう。
謹んで哀悼の意を表します。
スティーブ・ジョブズの死 [追悼]
アップル・コンピュータの創業者、スティーブ・ジョブズさんの訃報に接する。享年56。
思えば私が初めて使用したパソコンはマッキントッシュでございました。今はウィンドウズ搭載のノートパソコンを使うてるけど、心は今でもマックユーザーさ。
マックは、階層がどうとかアンインストールがこうとかごちゃごちゃと面倒な手続きはいらなんだからね。フォルダを作ってそこにソフトを入れていたら、賢いマックさんは自分で考えて動いてくれたから。ただ、さわる時にある程度知識がないと次の段階に進めないというような難しいところもありまして、そこがまた魅力なんですなあ。カスタマイズする楽しさというのか。自由度が大きいというのか。
つまりこれはすべてスティーブ・ジョブズという人物のもつ自由度が反映されていたんやないかと思うわけですよ。
音楽の購入に「ダウンロード」という概念を導入し、CDの売り上げをドカンと落としたi-podしかり。電話としても使える端末機器をまるで携帯電話であるかのようにしたてたi-phoneしかり。
私は最初に買うたマックのおかげでコンピュータの使い方を覚え、ネットの楽しみを覚えた。あと数日でホームページ開設15年目に突入するけれど、マックに搭載されていた「クラリスホームページ」という実に使いやすいソフトがなかったら、開設できていたかどうか。
ジョブズさんは世界を変えた男やと思うけれど、大きな世界だけではなく、私の世界も変えた人やったのですぞ。
謹んで哀悼の意を表します。
思えば私が初めて使用したパソコンはマッキントッシュでございました。今はウィンドウズ搭載のノートパソコンを使うてるけど、心は今でもマックユーザーさ。
マックは、階層がどうとかアンインストールがこうとかごちゃごちゃと面倒な手続きはいらなんだからね。フォルダを作ってそこにソフトを入れていたら、賢いマックさんは自分で考えて動いてくれたから。ただ、さわる時にある程度知識がないと次の段階に進めないというような難しいところもありまして、そこがまた魅力なんですなあ。カスタマイズする楽しさというのか。自由度が大きいというのか。
つまりこれはすべてスティーブ・ジョブズという人物のもつ自由度が反映されていたんやないかと思うわけですよ。
音楽の購入に「ダウンロード」という概念を導入し、CDの売り上げをドカンと落としたi-podしかり。電話としても使える端末機器をまるで携帯電話であるかのようにしたてたi-phoneしかり。
私は最初に買うたマックのおかげでコンピュータの使い方を覚え、ネットの楽しみを覚えた。あと数日でホームページ開設15年目に突入するけれど、マックに搭載されていた「クラリスホームページ」という実に使いやすいソフトがなかったら、開設できていたかどうか。
ジョブズさんは世界を変えた男やと思うけれど、大きな世界だけではなく、私の世界も変えた人やったのですぞ。
謹んで哀悼の意を表します。
滝口順平の死 [追悼]
声優の滝口順平さんの訃報 に接する。享年80。死因は胃ガン。
ドクロベエ様も80歳やったんやね。でも、ぎりぎりまで現役で活躍してはったし、昔から声質が変わってへんかったから、まだまだその楽しい声をきかせてもらえるものと思うていた。
滝口さんの声は子どものころからおなじみで、特に昔の声優さんは数が少なかったから、見るテレビまんがすべてに出演してはったというような印象がある。私の最初に接した滝口さんの当たり役は「悟空の大冒険」の猪八戒やなかったかなあ。大食らいで憎めないコミカルな役がまさにぴったり。まれに見るドタバタミュージカルアニメに欠かせないキャラクターとして、野沢那智さんや愛川欽也さんらとのテンポのよいからみが今でも忘れられん。
当たり役といえば「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」のドクロベエ様やねんけど、タイムボカンシリーズではオウムのペラ助やら東南長官やら善玉悪玉とり混ぜてなんでもこなすレギュラーやったなあ。「怪盗きらめきマン」ではナレーションも担当していたし、最近のリメイク版「ヤッターマン」ではやはりドクロベエ様で存在感を示していた。
一度聞いたら忘れられないユーモラスな声。それだけに最近では「ディーグレイマン」で冷酷な悪の黒幕を迫力満点で演じていたのが印象的。どの役を演じても滝口さんとわかるけれど、どの役もそれぞれに工夫を凝らした役作りができる、これがプロというものですよね。
こういうタイプの声優さんは、最近ではほとんどいてはらへんからその存在は貴重やった。一声聞いたら忘れられない、そういう個性派の脇役声優さんは、二枚目声の人が多い今こそ必要やないかと思う。
謹んで哀悼の意を表します。
ドクロベエ様も80歳やったんやね。でも、ぎりぎりまで現役で活躍してはったし、昔から声質が変わってへんかったから、まだまだその楽しい声をきかせてもらえるものと思うていた。
滝口さんの声は子どものころからおなじみで、特に昔の声優さんは数が少なかったから、見るテレビまんがすべてに出演してはったというような印象がある。私の最初に接した滝口さんの当たり役は「悟空の大冒険」の猪八戒やなかったかなあ。大食らいで憎めないコミカルな役がまさにぴったり。まれに見るドタバタミュージカルアニメに欠かせないキャラクターとして、野沢那智さんや愛川欽也さんらとのテンポのよいからみが今でも忘れられん。
当たり役といえば「タイムボカンシリーズ ヤッターマン」のドクロベエ様やねんけど、タイムボカンシリーズではオウムのペラ助やら東南長官やら善玉悪玉とり混ぜてなんでもこなすレギュラーやったなあ。「怪盗きらめきマン」ではナレーションも担当していたし、最近のリメイク版「ヤッターマン」ではやはりドクロベエ様で存在感を示していた。
一度聞いたら忘れられないユーモラスな声。それだけに最近では「ディーグレイマン」で冷酷な悪の黒幕を迫力満点で演じていたのが印象的。どの役を演じても滝口さんとわかるけれど、どの役もそれぞれに工夫を凝らした役作りができる、これがプロというものですよね。
こういうタイプの声優さんは、最近ではほとんどいてはらへんからその存在は貴重やった。一声聞いたら忘れられない、そういう個性派の脇役声優さんは、二枚目声の人が多い今こそ必要やないかと思う。
謹んで哀悼の意を表します。
伊良部秀輝の死 [追悼]

元プロ野球投手伊良部秀輝さんの訃報に接する。享年42。自ら命を絶ったと報じられている。
写真は阪神タイガースに移籍してきた2003年の4月に、この年のチーム初勝利、自身の移籍初勝利をあげたときのもの。プロとしてのキャリアの最後がタイガースで、しかも金本、下柳らと移籍1年目で大活躍をして優勝に導いたもんやから、タイガースOBというイメージが私には強い。とはいえ、若き日のマリーンズ時代に清原和博選手(当時ライオンズ)と繰り広げた名勝負はスポーツニュースでいつも大きく取り上げられていたし、ファイターズ監督の大沢さんが伊良部投手に抑えられた時に「千葉の海のイラブクラゲにさされたぜ」とコメントしてそれがニックネームとなりついには「イラブクラゲくん」(佐々木さいこ)という漫画にまでなったこともよう覚えています。
彼が悪役扱いされたのは米メジャーリーグ入りの経緯からかなあ。当時ポスティングシステムなんかなかったから、マリーンズのフロントは渡米したいという彼の希望に応えるためにパドレスとのトレードをまとめたんやけれど、どうしてもヤンキースに入りたいという彼の希望をかなえるために代理人の団野村が画策してパドレス-ヤンキース間でのトレードを成功させた。当時の日本野球のファン心理からいうと、これはものすごいわがままに見えたんやろうね。というか、わがままな男・伊良部という図式をスポーツ紙や週刊誌などが作りあげてしもうたというのか。米球界ではこういうトレードはそれほど珍しいものでもないやろうに。ここらあたりから彼の日本人記者に対する不信感が強くなっていったんやないかな。
マスコミによってつくられた虚像と実際の伊良部投手とはかなり違う人間やったらしい。私としてはタイガースを優勝に導いてくれた一人として感謝の念しかない。それだけに故障を理由に2年で戦力外となった時はちょっと寂しい思いがしたなあ。
それにしても、42歳の若さで自殺とはなんともいたたまれん思いがする。特にここのところ近親者、SF界の巨星と訃報が続いただけに、こんどはプロ野球かと思うとほんまにきついよ。
指導者としてその卓越した野球理論や豊富な経験を若い選手たちに伝えてほしかったけれど、残念ながらそれはならなんで終わってしもうた。いやほんまに残念としか言いようがない。
謹んで哀悼の意を表します。






