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塩山紀生、中田明成の死 [追悼]

 愛すれどTigers「5連勝! カープに勝ち越し2位に浮上」を更新しました。

 いやあ驚いた。アニメーター塩山紀生さんが焼死 やなんてねえ。享年77。「無敵鋼人ダイターン3」のビューティフル・タチバナやとかコロスやとか、「装甲騎兵ボトムズ」のフィアナやとか、1980年ごろのアニメキャラクターとしては飛び抜けた大人の女性、しかも色気のある女性を描けた貴重なアニメーターやった。「ダイターン3」なんか基本的に子ども向けの作品やのに、登場人物がみんな大人という異色のロボットアニメで、その前番組が「無敵超人ザンボット3」で、こちらは安彦良和さんのまるっぽいかわいいキャラクターやったから、その対比が面白かったなあ。「ボトムズ」は去年サンテレビで深夜に突如再放送して驚いたけれど、実は本放送で見てなんだので、録画してじっくりと見たりしているのですが、こちらの作画も大人を大人として描いていて、今時のアニメーターでもこういう画風の人はいてへんのと違うやろうか。
 それにしても火事で焼死とは、なんということ。まだイラストなど現役で活躍してはっただけに、非常に残念。
 そして、漫才作家の中田明成さんの訃報 も。享年73。死因は肺血症。こちらはWヤング、やすし・きよし、いくよ、くるよなど1970年代から80年代にかけて活躍した漫才の台本を非常にたくさん書いていた人で、80年漫才ブームのおりには「漫才ブームなのです」という著書でブームの陰で忘れ去られていく漫才さんのことなどを書き残してくれてはる。
 秋田実門下やったんやないかな。家族みんなが笑える明朗な漫才をようけ書いてはる。ナンセンスさにも味があり、やすし・きよしの「男の中の男」やWヤングの「ギネスブックにのりたい」などコンビの個性に合わせた書き分けのうまい方やった。
 漫才台本は作者がはっきりされてない場合が多いので、私もその仕事の全貌をつかむことはでけんのやけれど、「上方漫才祭り」などでは台本作家の名前も出たりするので、そこらあたりから作風をつかんで「これは足立克己さんかな」「これは中田明成さんやな」なんて聞き方をしたりしていた。嫌な中学生ですな。
 御両名に、謹んで哀悼の意を表します。

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ペギー葉山の死 [追悼]

 今日から授業開始。さらには奨学金の説明会と午前中は緊張のしっぱなし。そらあなた、2ヶ月半ぶりの授業でっせ。まあ、昨年一年間お付き合いいただいた生徒たちばかりなんで、初対面の緊張感がなかっただけまだましかな。
 歌手、ペギー葉山さんの訃報に接する。享年83。死因は肺炎。
 ウルトラの母、死んでもうたなあと、リアルタイムで「ウルトラマンタロウ」を見ていた世代はまずそう思うわけですね。
 あの「ドレミの歌」の訳詞者というのももちろん知っておりました。実は、「ドーナツ、レモン……」ときて、次のミ以降も食べ物で統一しようと思うたけれど、ミでつまり、ファで困ったそうですね。でも、楽しいしうまい訳になってると思いますよ。直訳したら「ミーは自分をさす言葉」てな感じになるわけで、「ラはソの次の音」なんて、元の歌詞も非常に苦労していたりなんかするわけで。二番なんか「ドんなときにもレつをくんで……」と「あいうえお作文」にしている。この言語センスはただごとやないとおもうね。
 子ども向けの歌番組にもよう出たはりました。こういうほんまに歌のうまい人の歌声を聞いて育ったというのは、ありがたいことやなあと思う。ほんまもんに触れることがで得られる経験というのは、何物にも代えがたい価値があると思うからね。
 肺炎で倒れる直前まで、ステージのリハーサルに出たはったりしたという。83歳で現役やったわけで、これもまたすごいことやと思う。生涯現役と簡単にいうけれど、なかなかそうはいかんもんですよ。
 謹んで哀悼の意を表します。

 4月16日(日)は、「たちよみの会」例会です。多数のご参加をお待ちしています。

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京唄子の死 [追悼]

 昨日あんな日記を書いたせいかタイガースは惜敗。関係ありませんか。
 朝から雨。降ったりやんだりを繰り返す。甲子園のナイターも降ったりやんだりの中で行われた。オープンエアの球場を本拠地にしている以上、雨のせいでボールが見えなくて補給できなんだなどという言い訳は通用せんからなあ、糸井君、高山君。これも含めて野球でありますよ。
 漫才師で女優の京唄子さんの訃報 に接する。享年89。死因は肺炎。
 漫才師というても、もともと女剣劇の女優と、劇団員が夫婦となり、独立して顔を売るために転向したという。そやから漫才師としての全盛時は短かった。ラジオからテレビに切り替わるあたりが一番おもしろかったらしい。残念ながらその時分の映像は「てなもんや三度笠」くらいしか残ってへん。
 唄子さんを「大口」と言うていじるのは鳳啓助さんのアイデアやったらしい。実はそれほど口が大きいわけやなく、残っている映像を見ても口紅を厚塗りして大きく見せているという感じですね。「大口」を強調されるのをご本人は嫌がっていたらしいし。啓助さんはとにかく唄子さんに好きな芝居をさせてあげたかったんやろうなあと思う。漫才で顔が売れたら、「唄啓劇団」が仕事の中心になっていって、漫才はたまにしかしなくなった。唯一商品化されている映像の「お笑いネットワーク」での漫才でも「漫才は久しぶり」と言うたりしている。
 離婚後も名コンビとして活躍したけれど、啓助さんが亡くなってからは、それなりに活躍はしていたものの、特に演技派というわけでもなく、個性が際立っていたというわけでもなく、という感じで終わってしまわはったなあと私には思えてならん。
 そういう意味では、鳳啓助さんあっての京唄子さんやったんやろうなあと思う。ただ、今残されている音源や映像で、啓助さんの他に類のないボケにびしりとつっこんでいく間の良さは、唄子さんやなかったらでけなんだんやないか。それくらい絶妙の間合いがこのコンビにはあったのですよ。「唄子啓助おもろい夫婦」でのやりとりにその片鱗は感じさせたけれども。私としてはもっとネタの映像を残しておいてほしかったなあ。
 謹んで哀悼の意を表します。

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中山美保の死 [追悼]

 今日はひたすら新年度の教材作成。前任校で使うた教材を元にパワーポイントとプリントを新たに作る。頭が疲れました。
 吉本新喜劇の女優、中山美保さんの訃報 に接する。享年78。死因は肺血腫による呼吸困難。
 新聞では「吉本のミポリンよ」を代表的な持ちギャグのように報じていたけれど、書いた記者と私とは世代が違うのかなあ。私が一番印象に残っているのは、他の役者さんたちから目尻の小じわをからかわれると、「これは飾りよ」といなす決め台詞やなあ。
 中山美穂さんが売れた時に「吉本のミポリンよ」とやって受けを取っていたけれど、これは普通でけんと思うたね。キャリアが違う若いアイドルと名前の読みが同じというただそれだけのことなので、本来は後から出てきた方が遠慮するくらいでないといかんやろうてなもんなんやけれど、まあ東京の芸能プロが吉本新喜劇を知らんでもそれは仕方ない。そやけど、ベテラン女優としては全国的な知名度は低くとも吉本新喜劇では美人女優として売っていた人なんやから、プライドがなかったはずがない。それやのに「吉本のミポリン」とそれを逆手にとって笑いを取るわけやから、みごとなプロ根性ですわ。
 私の中学くらいの頃は母親役や旅館の女将役といったところで存在感を見せていた。アクの強いメンツを相手に自在に受ける芝居は、もっと評価されてしかるべきやと思うんやけれど。こういう役回りの人がどしっと根をはっていたんやから、往年の吉本新喜劇はおもろかったんやなあと、今さらながらに思う。
 そう、今の吉本新喜劇には中山美保さんみたいな役回りの人がいてへんのやねえ。
 謹んで哀悼の意を表します。

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佐藤さとるの死 [追悼]

 今日は一日入試準備に追われ、自分本来の仕事はほんの少ししかできず。現任校に転勤して初めて1時間以上の残業をした。帰宅したらもうぐったり。こんなんで入試本番は大丈夫なんかなあ。
 夜、ネットニュースで児童文学のファンタジー作家佐藤さとるさんの訃報 に接する。享年88。死因は心不全。
 あれは小学校中学年くらいの頃やったか。従弟の家で「だれも知らない小さな国」を読ませてもろうた。一気に読んでしもうた。せいたかさんとこぼしさまたちの交流、せいたかさんとおちびさんの愛情、それらが生き生きと描かれていて、「矢印の先っぽの国」と彼らの呼ぶ「コロボックル小国」がほんまにあるような気がした。
 続編が出ていることを知ると、誕生日やクリスマスに続きを親に買うてもらい、夢中になって読んだ。コロボックルや管狐などの伝承を、現代によみがえらせ、しかもそれは現在やと伝奇的な物語になるやろうに、日常の中にとけこんだ物語として、お話好きな子どもの心をつかんだ。
 今は、ゲームやラノベなどでファンタジーはあたり前のように書かれているけれど、それはC・S・ルイスやトールキン、あるいはハワードなど海外の作家の影響を受けたものが多く、コロボックルたちの物語のように日常生活の片隅にひそむもうひとつの世界というようなものはほとんどない。
 日本独自のファンタジー小説として、そして何代にもわたるクロニクルとして、佐藤さんの作りだした世界は他のだれにもまねのできないものやないかと思う。佐藤さんのつくりだした日本独自のファンタジーは、残念ながら日本におけるファンタジー本流にはならなんだけれど、それだけに貴重なものやと思う。
 今でも、視界の片隅で何か影が見えたら、それは小人やないかなんて思うてしまう。ええ歳したおっさんが、その時一瞬子どもに戻る。ああ、あのころ、ほんまにコロボックルがいて、自分も友だちになりたいと、そう思うていたなあ。
 謹んで哀悼の意を表します。

 今月の「たちよみの会」例会は、都合により休会といたします。もし予定されていた方がいらしたら、すみません。また3月にお会いいたしましょう。

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時天空の死 [追悼]

 大相撲元小結、時天空の間垣親方の訃報 に接する。死因は悪性リンパ腫。享年37。
 曲者ベテラン力士としてまだまだ活躍が期待されていた時に、悪性リンパ腫を発症、全休を繰り返し、関取の座を明け渡しながらも復帰に向けて闘病。病状は安定したけれど、土俵に戻ることなく引退した。放射線治療のため髷が結えなくなったので、引退の会見は坊主頭やった。髪がのびてまた髷が結えるようになったらちゃんとした断髪式をしたいと会見で言うてはったけれど、その望みもかなわなんだ。
 モンゴル出身で、さらには大学相撲出身という異色の経歴。持ち味は足技。立ち合いの蹴手繰りもあれば、組んでは蹴返し、二枚蹴り。さらには内掛けと相手力士を翻弄した。かと思うと、正攻法で投げ技を決めることもあり、さぞかし相手力士にとっては油断のならん力士やったやろう。
 私はこういう技師が大好きで、時天空の相撲を見る時は常に足元に注視していた。ぴくりと動くと、そらきたと身を乗り出し、鮮やかに足技が決まるのを見てはほれぼれとしたものです。
 しこ名がまたええのですね。時に天空でしょう。なんと雄大なSF的空間を思わせるしこ名。いやいや、時という字は所属している時津風部屋の頭文字を取っただけであることは承知してますよ。でもそこに天空とつけた先々代時津風親方(元大関豊山)のセンスのよさ。
 やっぱり病気は完治してなんだんやね。部屋付きの親方として技師の育成に期待していたんやけれど、それもかなわず。断髪式を行うことができなんだのはさぞかし心残りやったやろう。
 相撲は強豪力士だけいてればええというもんやない。こういう強烈な個性の脇役が大物を食うところもまた見どころの一つやからね。
 謹んで哀悼の意を表します。

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島木譲二の死 [追悼]

 朝から寒かった。仕事がなかったら家にこもって冬眠したいくらい。お山の学校では風が強く、校内に植わっている木の枝がゆすぶられごうごうと音がする。そういう音を聞くと、よけいに寒さが厳しく感じられる。室内にいてストーブをつけているから寒さはましなはずやのに、神経なるものがそないに感じさせるんですな。
 夜、ネットニュースを読んでいたら、吉本新喜劇の島木譲二さんの訃報 に接する。死因は脳溢血。享年72。
 出てきはった頃は、ほんまに芝居もいま一つやし、「吉本の渡哲也です」というフレーズも特に面白うなかった。元プロボクサーやったという体力を生かし、体を張った「大阪名物パチパチパンチ」を編み出してから人気が出た。ただ、上半身裸で胸を両腕で叩くだけのもので、単体ではさして笑いにつながるようなもんやなかったと思うたけれど、アルミの灰皿で頭を叩く「ポコポコヘッド」から、石油缶の角で頭を叩く「カンカンヘッド」まで行って、「これはほんまに痛いんじゃ」というところまでしたときに、ようやらはるなあと感心した記憶がある。
 私はそれよりも強面から一転して「ひどい、ひどいわ」といじけたり、かわいらしく「ごめりんこ」とあやまったり、「しまったしまった島倉千代子」みたいなあまりにもあほらしい言葉遊びみたいな小ネタがよかったと思う。見た目とのギャップを強調するという自分のキャラクターを生かすことで、吉本新喜劇の中でのポジションが決まっていったんやないかなあ。
 かなり前、台湾製のドラマ「山田太郎ものがたり」を見ていたらいきなりゲスト出演してはってびっくりした。台湾のドラマやからみんな中国語をしゃべっているのに、島木さんだけ大阪弁。それでなぜか会話できているのがなんともおかしかった。見たらわかるという芸風は海外の人にはわかりやすくてよかったんかな。役名は「大熊」やったかな。ここらあたりうろ覚えですが。
 リドリー・スコット監督「ブラックレイン」にも出演していて、一時は「ハリウッドスター」とギャグに使うていた。
 強烈なキャラクターで登場し、体を張って目立ち、ついには自分のポジションをつかんだという、まさに努力の人やったんやろうなあ。ただ、歳をとって体がしぼんできて、それでも「パチパチパンチ」をやったりしてはったのはちょっと痛々しかったけれど。
 謹んで哀悼の意を表します。

 12月18日(日)は、「たちよみの会」例会です。多数のご参加をお待ちしています。

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肝付兼太の死 [追悼]

 今日も多忙な一日。帰宅した時にはぐったり。
 ご飯を食べ、食後のデザートでチョコケーキを食べると少しは元気が出る。カープ黒田の最後のマウンドを見ようとテレビをつけたら、日本シリーズ第3戦は息詰まる投手戦。8回裏にファイターズが中田のタイムリーで逆転したら、9回表にはカープが追いつき延長戦に。で、大谷のサヨナラタイムリーで決着。大谷はすごいなあ。怪物やなあ。怪物といえば江川、松坂やったと思うけれど、大谷はスケールが違うなあ。いやあ凄い。
 今朝のスポーツ紙の芸能欄は声優肝付兼太さんの訃報が大きく取り上げられていた。声優の扱いが格段に変わったように思う。享年80。死因は肺炎。
 今の声優さんは声に特徴があるから声の仕事をしているというケースがほとんどなくなっているように思う。肝付さんもまた、一度聞いたら忘れられん声やった。少しかすれた高い声。あらゆるアニメに出演していたような気がする。新聞では「ドラえもんのスネ夫」が亡くなったというようなとりあげられかたをしていたけれど、私には「ハイジのセバスチャン」か「ジャングル黒べえ」かなあ。ある世代には「にこにこぷんのじゃじゃ丸」かもね。「ドカベンの殿馬」という人もいるか。忘れたらあかんのは「銀河鉄道999の車掌さん」。または「サイボーグ009の007」。あ、「元祖天才バカボンの本官さん」もあったな。
 役柄を制限しそうな声やのに、この幅広い配役はなんやねん。それだけ芝居がうまかったということやね。もっとも、昔は声優さんの人数もそんなに多くなかったから、ミスキャストと違うかというようなケースもあった。肝付さんも、なんでこの役にというものは少なくなかった。それでもちゃんと役柄を演じ分けてはったのは、すごいことです。
 また、子どもの頃から耳になじんでいた声が聞かれんようになった。名脇役がまた一人、いなくなった。仕方ないとはいえ寂しいことです。
 謹んで哀悼の意を表します。

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平幹二朗の死 [追悼]

 今日は土曜出勤の代休。朝のうちによく寝て、午後は月例の京都の医者行き。診察の他はちょっとだけ書店に寄ったくらいで、すぐに帰宅。往復の車中で、山本周五郎「樅の木は残った」(講談社ロマンブックス)を読了。ここ数週間、通勤時に少しずつ読んでいたけれども、大河ドラマで原田甲斐を演じた平幹二朗さんの訃報のあった日に読了とは、偶然とはいえ妙な気分になる。多数の人物がそれぞれの思惑で動き、登場人物一覧などがほしいところなんやけれど、1969年刊行の古い本なもので、解説もないしあらすじ紹介もあっさりしているんで、かなり頭を使うた。しかし、原田甲斐という複雑な性格の人物を軸に、その周辺で起きている事項を中心に描いているのと、推理小説的な展開もあって、非常に面白かった。
 前任校の図書室の本を整理している時に、廃棄本となるところをもらいうけたもので、ふと何気なく読む気になったんやけれど、今度は大河ドラマ本篇も見てみたくなった。仙台のライブラリに放送されたものをモノクロビデオで録画したものが残っているらしいけれど、BSで再放送してくれんかな。
 原田甲斐は非常にミステリアスな人物として登場するけれど、それを演じた平幹二朗さんにうってつけの役やったんやなかろうか。大河ドラマでは他には「国盗り物語」の斉藤道三、「篤姫」の調所広郷役などを思い出す。今日、妻が録画していた「カインとアベル」というドラマに出演していて、たまたまちらりと見たけれど、肌つやもよく演技にも張りがあり、亡くなるなんて感じやない。浴室でなくなっているのが発見されたそうやけれど、新聞に「急死」と書いてあった。ほんまにそう書くしかなかったんやろうね。享年82。
 謹んで哀悼の意を表します。

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テントの死 [追悼]

 今朝、スポーツ紙の芸能欄を開いてびっくり。芸人テントさんが自動車事故死 の報。享年65。
 めったにお目にかかれないという意味で「ツチノコ芸人」なんて呼ばれかたをしていたけれど、まあ唯一無二の芸の持ち主でありました。
 ずっと前、フレッツADSLのコマーシャルで天海祐希の横に立って「ギョギョギョ」としか言わんけったいなリアクションをしてた人、といえば思い出す人もいてるか。
 シンガーソングライターといえば聞こえはいいけれど、独特の不思議な歌を披露して見たり、両手をからませて「人間パチンコ台」やとか「蜘蛛の決闘」なる珍芸を持ちネタにしてたり。それ以外に持ち芸ってあったんかいな。
 つかみどころのない芸風、好きやったなあ。
 師匠は上岡龍太郎さん。二代目襲名という話もあったらしいけれど、断ったとか。師匠としたらもっと売れてほしいから話題作りという意味もこめて持ちかけたんやろうけれど、あまりにも芸風が違い過ぎるから断って正解やったと思う。テントさんはそういう芸名の芸人やなく、テントという名の生き物やったんやないか。
 むろん「テント独演会」なんてビデオがあるわけやない。ただ、師匠の実子である映画監督の小林聖太郎さんが大のお気に入りで「かぞくのひけつ」や「毎日かあさん」などで起用していた。特に「かぞくのひけつ」では怪しい漢方薬店の主人役で出演し、セリフを言いながら「蜘蛛の決闘」をやってみせたり、自作の歌をえんえん歌ってみせたりしてて、ラストシーンではテントさんの歌声で締めたりしていた。そういう形であっても、テントさんの芸風をちゃんと記録したものが残っているのはありがたいことです。前任校では授業でこの映画を生徒に見せたりしてたけれど、あの時の生徒たちはこの訃報に気がついているやろうか。
 好きな人はもう大好きなんやけれど、わからん人には一切わからん。うまいんだか下手なんだか見当がつかん。こういう存在はこの人だけやろうなあ。理屈とか売れるとか人気とかそういうものを超越した珍にして奇なる稀な芸人で、こんな形で突然亡くなってしまうとは。なんとも残念というか。
 謹んで哀悼の意を表します。

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