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ネルソンズの「レニングラード」 [音楽]

 本日は建国記念の日でお休み。朝から寒く、大阪市内北部でも粉雪がちらちら。ベランダからはるか北方を眺むれば、お山の学校に雪ぞ降りける。なにしろそちらの方は真っ白く雲がかかっていて何も見えんのやもん。あれは積っておるね。祝日でよかった。あれを見ただけでおそらく出勤する気がなくなっていたに違いない。もっとも私が出勤する時間帯はまだ夜が明けてへんから雲の様子など暗うて見えんのですけれど。
 寒くて辛く、朝食後、アニメ「ピアノの森」「不機嫌なモノノケ庵 續」などを見てからすぐに布団にもぐりこみ、午前睡。昼ごろ起きてきて「まんぷく」など見ながら昼食をとる。それから少しパソコンに向かい、あとはCDを聴きながら読書。全3巻という長い話の中巻の真ん中へんまで読む。上巻はかなり癖があって読みづらかったけれど、中巻は慣れてきたのと話が見えてきたのですいすいと読めた。下巻を読み切ったらまた日記に感想を書きます。
 聴いていたCDはアンドリス・ネルソンズ指揮バーミンガム市響の「ショスタコーヴィチ 交響曲第7番“レニングラード”」です。8年ほど前に録音されたライヴ盤で、若々しくきびきびとした演奏。少し軽めかなあ。同じ「レニングラード」を再録音したのが今月末には発売されるので、聴き比べてみるのも面白い。今はやはりネルソンズ指揮ボストン響の「ブラームス交響曲第1番」を聴いております。ちょっと力強さに欠けるかなあ。来年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートの指揮が決まっているけれど、ここまで聴いたところではあまり個性的な指揮者やないという感じですね。アバドの最初のブラームス全集と感じが似てるかな。ということはニューイヤーもアバドみたいに特に指揮者の色の出ないものになるか。そこまでニューイヤーを楽しみにしているわけではないですけれど。

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ティーレマンのニューイヤーコンサート [音楽]

 朝から米朝師の「猫の忠信」を見て、朝食。今日も妻は起きられず。午前中は昨日録画した「ウィーンフィルのニューイヤーコンサート」を楽しむ。今年の指揮者はニューイヤー初登場のクリスティアン・ティーレマン。ドイツ音楽を前世紀の巨匠風に振る指揮者で、私は大好き。ベートーヴェンの交響曲全集をウィーン・フィルと録音しているくらい関係の深い指揮者やから、ニューイヤー登場は遅すぎたくらい。
 ただ、ベートーヴェンの全集は相性が良くても、ウィンナ・ワルツとくるとどうやろう。初登場の時はムーティーもヤンソンスもむちゃくちゃ気まじめに振っていて、本来仲間うちのお正月のお楽しみやったコンサートが名指揮者への試金石みたいになってしもうていた。
 予想に反してとてもリラックスした雰囲気のコンサートで、さすが独墺系の人はコンサートの質を体でわかっているという感じ。特に早いテンポのポルカはノリノリで、カルロス・クライバーのニューイヤーを思い出させた。大がかりなお遊びはなかったけれど、指揮者自身がウィーンの音楽を心から楽しんでいる感じで聞いていてすごく気持ちいいコンサートやった。来年は新鋭のネルソンズ。私はショスタコーヴィチの交響曲のCDを聴いただけけれど、けっこうぐっとくる録音やったので、期待したい。
 午後から午睡。妻は実家に日帰り帰省する予定やったけれど、今日も自宅待機。夕食は雑煮になる予定の材料で鍋を作ってくれた。例年なら寒空に外食というパターンやったけれど、今年は妻と差し向かいでの夕食。これも楽しからずや。
 新年から妻と二人で録画してあったアニメを見たりして過ごしております。そうやね、今年もそういう一年になるんやろうね。

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ムーティーは遊ばない [音楽]

 朝は昨日録画した「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」を見る。1日遅れになるのは実家に帰省する都合でやむを得ないのは毎年のこと。
 今年の指揮者はリッカルド・ムーティー。これまでにも何度もニューイヤーは振っている。初めて振った時なんか嫌に気合が入っていてシュトラウス一家の曲の中でもめったに演奏されん曲を選んでたりしてたけれど、もうかなり丸くなったか「ウィーンの森の物語」や「南国のばら」、「雷鳴と電光」など定番中の定番が何曲も入っていて、ウィーン・フィルの楽団員もかなりリラックスして楽しそうに鳴らしていた。演奏はなんかカラヤンっぽかったかな。特にチャーミングというわけではないけれど、ムーティーらしいきっちりとした演奏。CDで聴いたら少し面白みに欠けるかもしれん。しかも、毎年楽しみのおもちゃの楽器を指揮者が取りだすとかいうような遊びがない。これもまたムーティーらしいんやけれど、ちょっと寂しいね。でもまあ楽団員がのびのびと演奏している姿は好感が持ててそれなりに楽しかった。
 午後からは妻が実家に日帰り帰省。私はお留守番。HDDレコーダにためこんでいた落語をDVDに焼きまくり、本体のHDの残容量にかなり余裕ができた。その間、池波正太郎「乳房」(文春文庫)を読む。夕食は外に出て、近所のショッピングモールへ。DVD-Rのパックを買う。今日、かなりの枚数落語を焼くのに使うたので、補充が必要になったのでした。元日から録画した「らくごのお時間」も焼いておきたいしね。夕食は皿うどん。帰宅して「乳房」を読了。これ、鬼平犯科帳の番外編ということでシリーズの中にはカウントされてへんけれど、長谷川平蔵はかなり活躍しているからシリーズに入れてもよかったんと違うかな。主人公は自分を捨てた男を殺した女性。でも、鬼平につかまって、とかいうこともないし、どちらかというと鬼平が主人公やなあ。
 それからアニメを何本か見て、パソコンに向かう。新聞のニュースサイトを巡回したけれど、特に大きな事件もなく、今のところおおむね平和な正月のようです。この平穏さが1年続きますように。

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エッシェンバッハの第九 [音楽]

 朝は昨夜録画した「プロ野球戦力外の男たち」を今年も見る。毎年見ているけれど、今年は特にきつかった。ジャイアンツの實松捕手を取材しているんやけれど、一番上のお子さんが12歳。もういろいろなことがわかる歳で、実にけなげなのですねえ。しかも戦力外を言い渡されたのがトライアウト申し込みの2日前。戦力外になると思うてなんだので、練習もしてへんからトライアウトを受けても体が動かんやろうからと断念し、何の当てもなくオファーを待つのみ。幸い古巣のファイターズかに声がかかり、それを告げた時に気丈にしていた長男が泣くのです。毎度見ていて辛くなる番組やけれど、なんか見ずにはおられんのですねえ。
 夕方にはタイガースの鳥谷と元アストロズの青木の同級生対談を見る。鳥谷がこんなにしゃべるのを見るのは初めて。退団というよりも雑談みたいなのがよかった。鳥谷が引退後は「野球と全く関係ないことをしてみたい」と言うているのが印象的。
 夜はこれも大みそか恒例になっているNHK交響楽団の「第九」を見る(聴く?)。今年はピアニストとしても有名なクリストフ・エッシェンバッハ。
 第一楽章と第二楽章は強弱の差をはっきりとつけた面白い演奏やったけれど、第三楽章はただただゆっくりとした演奏でいささか退屈。終楽章はあまりメリハリのない演奏で、少しがっかり。第九の聞かせどころは後半なだけに、残念でありました。弦と金管はあまり目立たず、やたら木管が強調されている不思議な演奏。ドイツ風の重厚さを出したかったけれど、消化不良に終わったというようなところかな。
 ここはもうテレビ東京のカウントダウンコンサートを聴いてうっぷんを晴らしたいね。
 というわけで、今年もご愛読ありがとうございました。今年は私自身いささか精神的に不安定やったので、なかなか思うような文章にならず苦しかったのですが、おつきあいいただいた方たちには感謝あるのみです。
 皆様、よいお年をお迎えください。

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ドゥダメルのウィンナ・ワルツ [音楽]

 昨晩は眠りが浅く、何度も夜中に目が覚め、ままよ、と4時半ごろに起きる。寝てたらかえってしんどい。で、昨日録画しておいた落語番組を見たりして過ごす。今朝のMBS「らくごのお時間」は三代目春團治の「親子茶屋」、五代目文枝の「悋気の独楽」、枝雀の「宿替え」とアーカイヴから3席。うまいなあ、おもろいなあと思いながら名人芸を堪能。明日は米朝で「動物園」と「抜け雀」が放送される。「動物園」なんてDVDの全集には収録されてへんから、これはもう必見ですわ。なんとカンテレで裏番組として「扇町寄席」が放送される。落語だけの番組は数少ないだけに、時間をずらすとかしていただきたいものです。むろんダブル録画しますけどね。
 朝食時には、やはり昨日録画しておいた「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」を見る(聴く?)。今年の指揮者はベネズエラ出身のグスターヴォ・ドゥダメル。私の好きな若手指揮者であります。手兵のシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラを振ると、ラテンのノリでものすごくエネルギッシュな演奏になる。ベルリン・フィルを振ったリヒャルト・シュトラウスなどはオケに遠慮でもしてるのか、録音からは彼の溌剌さが伝わってこないのですね。さて、ウィーン・フィルとのウィンナ・ワルツはどうなるんでしょう。
 さすがにベネズエラのオケの時みたいな弾けた演奏にはならなんだけれど、とにかく楽しく弾んだ演奏。特に序曲やポルカではスピード感あふれる演奏になっていた。画面で見ると、とにかく嬉しそうに指揮してるのですね。それが演奏にも出ている。
 ただ、曲目はあまりポピュラーでないものが多かった。それはそれでええんやけれど、定番の曲をドゥダメルがどう表現するか聴いてみたかったなあ。
 というわけで、なんかうきうきするニューイヤーコンサートでありました。

ブロムシュテットの第九 [音楽]

 大晦日であります。朝から早く目が覚めたので、昨日の深夜に録画したアニメ「ブレイブウィッチーズ」の最終回を見てから、朝食。やはり昨日録画した「プロ野球 戦力外通告の男たち」を見る。毎年見ているけれど、なんとも切ない気分にさせられてしまうなあ。
 昼前に外出。正月の実家への手土産を買いに、これも毎年恒例の阪神百貨店行き。中古CDと古本市は昨日までやった。そういえば去年は30日に買物に行ったんやった。地階で洋菓子の詰め合わせを買い、地下街の喫茶店で「オムライスドリア」なる珍妙なメニューを見つけたので、昼食はそれにする。グラタンのクリームソースの上にオムライスを乗せて、ミートソースをかけたものが出てきた。ドリアと違うように思うがなあ、これ。
 帰宅したらよほど疲れたのか横になりたくてしょうがない。すぐに午睡。夕刻目が覚め、買い物から帰ってきた妻と話をしていたら、甥にあげるお年玉の図書カードを買い忘れていたのを思い出し、近くのショッピングモールに閉店ぎりぎりに入ってなんとか購入。なんか昨日と違いばたばたしているぞ。
 夕食後、これも年末恒例になっているNHKEテレの「N響第九演奏会」を見る(聴く?)。指揮は御年89のヘルベルト・ブロムシュテット。旧東ドイツ時代、ドレスデン・シュターツカペルレを指揮したベートーヴェン交響曲全集があり、愛聴していた。弦を響かせるドレスデンならではの音色に、きびきびとしたテンポが調和したええ全集でした。
 この巨匠が、21世紀のN響にどのような音色を奏でさせるのか。
 N響がドレスデン・シュターツカペルレになった! 金管や声楽を抑え、弦と木管を豊に響かせ、しぶい音色を奏でている。テンポはあくまできびきびと、しかし高らかに歓喜を歌いあげるのではなく、音そのものに語らせるというのか。去年のヤルヴィの演奏とテンポの速さではそう変わらんのやろうけれど、決して無味乾燥になってへん。こういう演奏ができる指揮者はもういてへんようになったなあ。名演、とまでは言わんけれど、ブロムシュテット健在なりと感じさせる好演でありました。
 さて、今年もテレビ東京の「ジルヴェスター・コンサート」を見ながら新年を迎えることにしよう。
 今年もだらだらした日記におつきあいいただきありがとうございました。今年は例年以上に愚痴っぽい、文字通りの「ぼやき日記」になってしまいましたが、来年はもう少しぼやき芸を磨いて愚痴っぽくならんようにしたいものであります。
 みなさま、よいお年をお迎えください。

イ・ムジチの「四季」 [音楽]

 仕事部屋でぼっち教諭をしているとちょいと寂しいのでBGMにクラシック名曲集などをかけているというのは以前ここに書いた。
 教材作成をしていて、曲がヴィヴァルディの「四季」より「春」の第一楽章に変わった。
 ふと昔のことを思い出す。あれは中学3年生の時、京都で「手塚治虫展」があって、手塚先生のサイン会のために私は並んでいた。大学生くらいの一団が近くにいて、壁に貼られたポスターを見ている。イ・ムジチ室内管弦楽団の来日公演のポスターやった。
 大学生の一人が「イ・ムジチ来るんか。やっぱり『四季』やるんやなあ。イ・ムジチというたらやっぱり『四季』やからなあ」なんてことを言うている。その頃の私は今ほどクラシックにくわしいわけやなかったけれど、「イ・ムジチの『四季』」くらいの知識はあった。ただ、そういう話をする相手はいてへんかった。
 ああいう会話をいつかしてみたいなあと、なんとなく格好よく見えたものでありました。なにしろ中学3年生といえばまだまだ子どもやからね。今、おっさんである私がそばにいて聞いていたら「わざわざ口にせんでもええようことを言うてるなあ」と思うやろうけれど。
 で、なんか「イ・ムジチの『四季』」が無性にほしくなり、高校に合格した祝いを親戚のお兄さんがくれると言うのでイ・ムジチのLPをリクエストしたのでありました。今思うと恥ずかしいけれど、私にもそういう時代があったんやなあと、思い出した次第。
 あの大学生、今はどうしているのかね。
 ちなみに今日BGMになっていた「四季」はイ・ムジチではなくカラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏であります。別にどうでもええことですけれど。

3度目のヤンソンス [音楽]

 今日は朝から昨日録画した「ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート」を例年のごとく1日遅れで見る(聴く?)。
 今年の指揮はマリス・ヤンソンス。ニューイヤーの指揮は3度目。過去2回は、非常に生真面目な演奏で、ニューイヤーコンサートとしてはちょっとどうよという感じやったんで、あまり期待はしてなんだ。
 ところが!
 今年はうって変わったように非常におしゃれで気のきいたニューイヤーになってたんでびっくり。第一部のポルカ「観光列車で」ではあのカルロス・クライバーと全く同じ自ら発車のラッパを吹くお遊びを入れてたし、ポルカ「速達郵便」では郵便屋に変装した楽団員から渡された指揮棒を使うという演出。第二部ではそういう遊びは入れてなんだから、そのまま進むのかと思うたら、最後の最後、「ラデツキー行進曲」で、なんと曲の途中でコンサートマスターと握手して舞台から消えてしまい、指揮者なしでしばらく演奏が進み、あれれと思うたら最後に手拍子の指揮をしながら再入場。
 うーむ、こんな小洒落たことのできる指揮者やったとは。3度目ということで、ニューイヤーではどこまで遊んでええかということを体得したということか。演奏そのものも過去2回のようにきっちりと振って面白みのないものではなく、かなり軽妙になっていた。いやー、驚きました。
 来年はベネズエラの指揮者、ドゥダメルが初登場とのこと。どんなラテンなノリノリのニューイヤーになるのか。今から楽しみであります。

パーヴォ・ヤルヴィの第九 [音楽]

 大晦日の夜は今年もN響の「第九」。今年の指揮者はパーヴォ・ヤルヴィ。父であるネーメ・ヤルヴィは、ファンやった方たちには申し訳ないけれど、私の印象ではなんでも録音するけれど、今ひとつ感銘を受ける録音というのがない方であるました。息子のパーヴォの演奏も、それほど聴いているわけやないけれど、特にこれという印象はなかった。
 さて、どんな「第九」に仕上がっているのか。
 とにかくテンポが速い。楽譜でベートーヴェンが指定した速度に忠実に演奏することにしていると、演奏の前のインタビューで答えていたけれど、ほんまにそうですね。古楽器オーケストラのベートーヴェンの交響曲はノリントンとかブリュッヘンなどを聴いたけれど、やはり高速演奏やった。
 早くても味があればええんやけれど、ザッハリヒというんですか、意識的に感情をこめずに演奏している感じ。第3楽章も速い速い。速さではシェルヘンの録音があるけれど、あちらは速くて面白い演奏やった。ヤルヴィはここでも特に感情をこめずに振っている感じ。
 さすがに終楽章は合唱が入るので、ソロ歌手が感情をこめて歌うためにそれまでの極力感情を排した楽章とは趣が異なっていたけれどね。
 こういうタイプの演奏が好きな方には好演やったかもしれんけれど、私はどちらかというと指揮者の個性を色濃く出すような演奏の方が好きなんで、ちょっと乗り切れない第九でありました。ただ、演奏としては決して悪くはなかった。要は指揮者の解釈を好むかどうか、というところですね。
 というわけで、今年もテレビ東京の「ジルヴェスター・コンサート」のカウントダウン演奏を聴いてから寝ることにします。
 今年もご愛読ありがとうございました。来年も引き続きごひいきのほど、よろしくお願いいたします。よいお年をお迎えください。

“ザ・グレート”聴き比べ [音楽]

 今週は3日間しか出勤してへんかったのに、けっこう疲れていたとみえて、今日は一日眠い。それまで毎日だらだらしていたから、いきなり仕事となるとやっぱり体が対応しきれなんだかな。
 ここのところ、毎日のようにパソコンに向かう時はシューベルトの交響曲第9(8)番“ザ・グレート”のCDをいろいろな演奏で聴いている。なんというか、好きなのですね。壮大で、かつ明朗で、メロディが美しい。難しい曲なのか、録音する指揮者はそれほど多くない。
 勇壮なのはフルトヴェングラー指揮のベルリン・フィル盤。何種類もあるけれど、どの演奏も気合満点。雄大なのはクナッパーツブッシュ指揮のウィーン・フィル盤。特に終楽章のテンポの落とし方が絶妙。カラヤン指揮のベルリン・フィル盤は70年代に録音されたものの方が流麗でメロディの美しさを楽しむには向いている。明朗さではバーンスタイン指揮コンセルトヘボウ盤。ニューヨーク・フィル盤も勢いがあって好きやけれど、晩年の指揮のスタイルが曲に合うている。意外とよかったのはショルティ指揮ウィーン・フィル盤。力強さと美しさがバランスよく表現されている。なぜかシカゴ響とは録音してへん。音色など聞き比べてみたかった。
 他にもワルター、ベーム、ボールト、ケルテス、アバドなどなど名だたる指揮者の録音があり、どれもそれぞれの個性が発揮されていて聴きあきません。今日はアバドが晩年に録音したモーツァルト管盤を聴きながらニュースサイトなどを読んでおります。灰汁がなくてアバドらしい心地よい演奏ですね。ちっょときれいすぎるかも。
 どれをお勧めということはないけれど、私が一番好きなのはバーンスタイン。最初にきくには一番よいかも。カップリングされている未完成ともども名演であります。