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HAL9000の死 [追悼]

 映画「2001年宇宙の旅」でHAL9000の声をしていた方が亡くなったり、アメコミ作家のスタン・リーさんが亡くなったり。いやあ、スタン・リーさんはともかく、HAL9000の声優まで一般紙(うちの場合は朝日新聞)に訃報が掲載されるようになるとは思わなんだなあ。スタン・リーさんに関しては、日本でアニメ化された新作を2本ほど見ただけで「スパイダーマン」もちゃんと見てへんから私には語る言葉もないけれど、米国のコミックと日本の漫画の感覚の違いというものを知ることができたなあといったところです。主人公はともかく敵役が類型的なんやなあ。敵役に魅力がないと。もっともそれはスタン・リーさんだけの問題なのかも。そこらあたりはようわからん。知ったかぶりをしても何にもならんしね。
 今日も朝から鼻の調子が悪い。体もだるい。でも休まれん。仕事部屋はストーブを時々つけて温めたりする。授業を続けてやっていると、汗をかく。汗をかいている時は鼻づまりはほとんどなし。夕方、気温が下がってくると鼻にくる。私の鼻は寒暖計か。とりあえずマフラーを首に巻いて通勤している。首筋から風が入ってこないだけでかなり違うね。
 帰宅して録画した相撲を見る。高安や貴景勝らが3連勝。稀勢の里は北勝富士をつかまえきれずに3連敗。初日の土俵入りの段階では落ち着いた表情で「今場所はいけるんと違うか」と思うたんやけれどなあ。進退きわまるというところまではいってへんにしても、危機的な状況になってきたぞ。解説の北の富士さんも、稀勢の里の敗戦についてはいつもの歯切れのよさがどこかにいってなんか煮え切らん感じになっていた。おそらく引退はせんといてほしいという気持ちと後は引退しかないという気持ちが交錯しているんやないかとみたが、如何。
 林譲治「星系出雲の兵站 2」(ハヤカワ文庫JA)読み始めたところで相撲雑誌や週刊誌が発売されたので、かなり後回しになってしまいました。こういう新刊は買うてすぐ読んで感想を書きたいところなんやけれどね。物語は異星人との戦いで初戦に勝っておごった司令官が相手を侮り、自分の功をあげることしか考えず大敗してしまう、という流れ。第二次世界大戦のシミュレーション戦記でならした腕をSFに生かしているという感じやね。相手の兵力を軽んじて兵を投入し、降下兵たちが大敗すると司令官がとっとと戦場から逃げる、なんてのは大戦末期の日本軍の将校を連想させる。最近立て続けに特攻についての本を読んだことはこの日記に書いたけれど、そのおかげでイメージしやすかった。特攻隊こそ出てこんけれど、重なる部分が多いのです。次の巻からはタイトル通り兵站部門の責任者が全面に出てくるんやろうなあ。まだ全貌を現してへん異星人の正体などは最終巻で明らかになるのかな。ますます楽しみになってきた。

 11月18日(日)は、「たちよみの会」例会です。多数のご参加をお待ちしています。

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長部日出雄の死 [追悼]

 一日なにかしらだるい。動くことがおっくうな時間もあったりして、最低限これだけはしておかねばという仕事はできたけれど、精神力でなんとかもたせたという感じであるなあ。午後からは授業と会議がみっちりつまっていて、とにかく定時で退出。へとへとになって帰宅。やっぱり風邪かしらん。夕食後、少し強めの風邪薬を服用。多少は体が軽くなったか。
 ものかき関係のお仕事もとりあえず一段落。締め切りまでに最終チェックをして今回のお仕事は完了。でも来月に入るとすぐに次のお仕事がくるんですよねえ。
 作家の長部日出雄さんの訃報 に接する。享年84。死因は虚血性心不全。
 私は長部さんの熱心な読者ではなかったけれど、アンソロジーなどにおさめられたいくつかの短編を読むたびに、青森の風土と京都や大阪の風土との違いを常に感じさせられたものだ。影の深さ、暗さみたいなものを意識せざるを得ない独特の風土。そんな空気を漂わせた短編を読むと、「日本」という国はやはり本来一つのものやなかったんやなあと思わずにはいられなんだものです。
 沖縄を舞台にした小説ともまた違う。沖縄、いや琉球はやはり異国なんやとはっきり感じられる。そやけど長部さんの描く青森は、異国のようで異国でなく、異国でないようでやはり異国という、征服された時期から長くかかって同化していった土地の陰影みたいなものを突きつけてきたように思う。
 そしてそれは全国的に平準化していく現代ではもう書かれることのない世界、なのかもしれんなあ。
 謹んで哀悼の意を表します。

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輪島大士の死 [追悼]

 今日は後期始業式。明日からの授業準備などに追われる。定時に退散。帰宅後、BS朝日で今季最後のジャイアンツ戦を追っかけ再生で見る。メッセンジャーでも勝てへん。まだあと2試合も残ってるのか。嗚呼!
 大相撲54代横綱輪島大士さんの訃報 に接する。享年70。死因は咽頭癌など。
 私が相撲に初めて触れたのが小学6年生の秋の京都巡業やった。北の湖の土俵入り、初っ切りなど初めて見る相撲に私は魅了された。子どもの特権で、場内をうろちょろとまわった。土俵下で輪島関と貴ノ花関が談笑しているのを見上げたのを今も覚えている。
 母が貴ノ花ファンやった影響で私も貴ノ花関を応援していたけれど、土俵の中心は横綱輪島関と北の湖関やった。巡業のあとにテレビで毎日相撲を見始めた。黄金の左と言われた輪島関は不調に陥り休場を重ねていた。
 その間に貴ノ花関が2度の優勝を果たし、北の湖関は大横綱への一歩を踏み出し、魁傑関が大関に昇進し、金剛関が平幕優勝を飾り……。そして輪島関は黄金のまわしを締めて再起を計り、復活の優勝を成し遂げた。
 輪湖時代が始まった。両雄がしのぎを削るのが相撲の醍醐味と知った。そやから千代の富士、朝青龍、白鵬が無人の野を行くが如く勝ち続けても、私の中では輪湖時代、そして曙貴の時代の方が数段上やったと今も思う。
 小兵の扱いが抜群にうまかった。反面、高見山関のような巨漢に一気に攻められるともろい一面もあった。そのギャップがまた土俵を盛り上げた。
 バラエティに富んだ役者の揃っていた時代やった。北の湖、若三杉、麒麟児、大錦、金城の花のニッパチ組。旭国、鷲羽山、北瀬海、若獅子ら小兵軍団。突貫おじさん富士桜に、人気者の高見山。ホラ吹き金剛。クリーン魁傑。曲者陸奥嵐、二子岳、栃東、増位山。技能は大関三重ノ海……書きだしたらきりがない。
 輪島の左下手投げは強烈やった。あの北の湖の巨体が振りまわされるんやもんなあ。
 引退後は年寄株を担保に借金をしたりして協会から追放されるように廃業。プロレスのリングにも上がり、なぜかアメフトの監督をしたりもしてはった。最近は声が出せず、それでもインタビューに答えて今の相撲界に対して熱く語ってはった。でも、明らかに病魔におかされているとわかった。まさか貴ノ花や北の湖が自分よりも先に逝くとは思うてなんだやろうなあ。
 あの頃の相撲はほんまに魅力的で面白かった。私らの世代にとっては黄金時代やったかもしれん。数々の名勝負、ほんまにありがとうございました。
 謹んで哀悼の意を表します。

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津川雅彦の死/タイヘイ夢路の死 [追悼]

 今日は1週間ぶりに出勤。あまり休み過ぎると連絡などが停滞するから、自分なりに考えて休みをとっているのです。案の定、育英会から電話がきてたりした。
 職員室前の掲示板で俳優の津川雅彦さんがこちらを見てにらんでるポスターを見、津川さんの訃報 を思い出した。享年78。死因は心不全。歳をとるごとに味の出る、かというて枯れた感じにはならなんだ役者さんやったね。なんや生臭さを伴った役をやらせたら天下一品でしたなあ。たとえば大河ドラマ「八代将軍吉宗」の徳川綱吉役。後継ぎを作るために都から貴族の娘を呼んで側室にし床に入るてな場面があり、好色な笑みを浮かべたりするのが実によかった。映画「善人の条件」では政治家やった岳父に死なれたために選挙に出ることになった大学教授が印象に残っている。最初はくそまじめにクリーン政治を訴えていた主人公が、金と欲で動く人々を嫌というほど見せられてだんだんおかしくなっていく様子がよかった。マキノ雅彦名義で監督した映画「寝ずの番」は登場人物全員に春歌を歌わせ死人も踊らせるという、テレビではまず放送でけん作品やったね。あれは確信犯やったんやろうなあ。私はDVD買いました。あ、津川さんがこちらを見てにらんでるポスターは拉致被害者問題解決の啓発ポスターです。これを書いとかんとなんで津川さんが学校で生徒をにらんでるんやと思われるね。
 日記に書くのが遅れたけれど、漫才師タイヘイ夢路さんの訃報 もありましたね。私はタイヘイトリオは子ども心にはあまり印象に残ってへんのですが、テーマソングで「夢路さん、ハイハイ。糸路さん、ハイハイ」と名前を呼ぶのは他のトリオとは違うなあ、くらいかな。あの頃は歌謡ショーの漫才もようけあったもんね。タイヘイ夢路さんというと、私はワイドショーで今喜多代さんらといっしょに好き放題しゃべってたりする姿の方が印象に残っている。NHKの朝ドラにも役者として出てたりしてた。つまり、タイヘイトリオの夢路さんやなく、ピン芸人としての印象の方が強いのです。
 津川さん、夢路さんに、謹んで哀悼の意を表します。
 というわけで、久しぶりに汗だくになってお仕事をしてまいりました。明日から拡大盆休み。次に出勤するまでにやっとかんならんことはなんとかやって定時に退散。夜はプロ野球中継を見る。福留を休ませたらとたんに打てんようになるのは困るなあ。

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常田富士男の死 [追悼]

 本日は「全校集会」という名の終業式。むろんこの灼熱日ですから、体育館に生徒を集めてというわけにはいかず、生徒は冷房のきいた教室で放送による校長の訓話を聞いたりする。私は室温32度の部屋で首に濡れタオルを巻き、扇風機にあたりながら聞く。私にとっては、きっと体育館の方が涼しげやったんやないか。
 奨学金関連の書類を持ってきた生徒が「わあ暑う! なんでクーラーつけへんの?」なんて言う。あればつけてますがな。
 というわけで、一日事務作業。定時に退散。帰宅して録画した相撲やプロ野球中継を見る。今日の横浜スタジアムの試合はBS-TBS。この局だけはサブチャンネルを使うた放送延長などもしないのです。CS放送に誘導するためのえさとしか野球中継を考えてへんのかな。他の民放BS局を見習いたまえ。放送時間終了後はパソコンで「ニコニコプロ野球チャンネル」を見る。タイガースがどんなに大敗していても最後まで見届けるのだ!
 俳優常田富士男さんの訃報に接する。享年81。死因は脳内出血。
 私が常田富士男という俳優の存在を知ったのは「巨泉・前武 ゲバゲバ90分」でしたね。オープニングで出演者が自分の名を書いたプラカードを持って行進しているから、名前もすぐに覚える。そやけど読み方がわからなんだので母に教えてもろうたなあ。そのあと「カリキュラマシーン」にも出てはったか。まあこの2つの番組は出演者がかなりかぶるのですが。
 そやから、私にとっての常田富士男さんは「コント番組で不思議な存在感を示す人」やったのです。
 で、「まんが日本昔ばなし」やね。市原悦子さんは子どもの声からおばあさん、おじいさん、美女の声とひとりでいくつも演じ分けができる人。東映まんが祭りの劇場長編では「サイボーグ009」や「太陽の王子ホルスの大冒険」でヒロインを演じてたしね。
 そやけど常田さんは違う。どんな役も常田さんの語り口でやるのです。そやのに、それぞれが別人に聞こえるのです。演技力というのはこういう力なんかと子ども心に強く印象に残ったね。
 今朝のスポーツ紙の見出しも「むかーしむかしのことじゃった」とつけていた。よく飲み屋での宴会芸で物まねをやったものです。高見山関と常田さんと笑い袋は今でも自信がある。それはともかく、それだけ常田さんの語り口が多くの人に浸透していたということなんやろうね。
 ちなみに今テレビ東京系で「ふるさと再生 日本の昔話」というアニメをしてますが、声優はやはり二人だけで、柄本明さんと松金よね子さんが担当している。明らかに常田さんと市原さんを意識したキャスティングですよね。
 のちにドラマや映画でそのなんとも土の匂いのするような存在感を知ることになる。
 こういう土の匂いのするような役者さんは現代ではちょっと出てこないんやろうなあ。
 謹んで哀悼の意を表します。

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桂歌丸の死 [追悼]

 愛すれどTigers「ベイスターズを3タテ!陽川、北條絶好調」を更新しました。

 朝、ABCテレビ「おはようコール」がなかなか始まらん。サッカーの中継がのびたのですね。アニメ「ピアノの森」などを見たりしてから朝食をとる。さて、そろそろ出かける用意を、という時間になって「おはようコール」が始まった。昨日のタイガースの試合のハイライトなど見られるわけなし。気象予報士の正木さんが「大阪は今朝はもう24.5度です」と言うてはる。数字を出されると、よけいに暑く感じられるやないですか。
 最寄駅まで少し歩いただけで汗だく。お山の学校までの坂道を歩いたらだくだく。仕事部屋で扇風機にあたったら汗が冷えて寒い。扇風機の風が当たらん場所に移動したらまた汗がぽたぽた。
 午前中はテスト作成など。放課後、生徒が奨学金の申し込みのネット入力をしにくる。明日、浪人生が入力しにくるので、これで全員かな。生徒が帰ったら、保護者がくる。一番暑い時間はなかなか仕事がはかどらず、少し涼しくなってきたら生徒と保護者対応。なかなか思うようには進められんもんですなあ。大阪府教委は教員の準備室にも冷房をつけてくれよ。これ、府教委によるハラスメントですか。
 落語家桂歌丸師匠の訃報 に接する。享年81。死因は慢性閉塞性肺疾患。
 鼻に酸素チューブをつけて高座に上がっても、「鬼気迫る」という感じにならなんだらしい。それがすごい。芸風は大阪弁でいうところの「はんなり」した落語。とはいうても、あまり東京落語を聞かんもんやから、師匠の芸についてどうこう言える立場やないのですね。一度は生の高座を聞いておきたい一人やったことだけは確か。
 そろそろ仕事なんかうっちゃらかして「東西名人会」みたいなのにもっと行っておくべきやなあ。以前は「平成紅梅亭」の公開録画で東京の落語家さんの芸もいっしょに楽しんだりもできたもんですけれど。お山の学校に転勤してこの方、仕事帰りに甲子園、仕事帰りに落語、仕事帰りにクラシック、なんてでけんようになった。
 また一人「江戸前」の落語家が鬼籍に。寂しいことです。
 謹んで哀悼の意を表します。

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加古里子の死 [追悼]

 愛すれどTigers「上本絶好調も故障で長期離脱」を更新しました。

 4連休のあと、いきなり5時間連続授業。これはこたえます。無意識のうちにストレスがかかっているのか、一日中目がちらちらとしてうっとしい。今もまなこについている埃が影のように動くのが見えます。明日も5時間授業。準備は一応してるんやけれど、朝から支度しなければならんと万全やないしなあ。一日雨で気が滅入るのであります。
 絵本作家加古里子(かこさとし)さんの訃報に接する。享年92。
 幼稚園のころ、「だるまちゃん」シリーズの絵本が大好きやった。幼稚園の絵本コーナーにはシリーズが全部そろっていて、同じ本を毎日何度も読んだのが記憶に残っている。「かこさとし」というペンネームも覚えやすかったからかな。歯医者さんの待合室にあった別の科学絵本もよう読んだなあ。
 不思議なことに、それだけ好きやったのに、自分では一冊も持ってへんのですね。待合室やらの子ども向きの書棚にはたいてい加古さんの絵本があったし、見つけるたびに読んでたから、手元に置いて読み返す必要がなかったからかもしれんな。そのくせ長新太さんや和田誠さん、安野光雅さん、五味太郎さんや佐々木マキさんの絵本は手元にあったりする。
 絵のセンスで手元に置くかどうかを決めてたのかもしれんなあ。加古さんの絵本は絵で見せるものやなく、わかりやすいお話と、科学的にものの見方をくれたことは確かやけれど、こと画風に関しては私の趣味やなかったということか。
 とはいうても、幼い私に絵本を読む楽しさを教えてくれたという点では、非常に大きな存在やったことは確か。だるまちゃんがてんぐちゃんの鼻をうらやましがって、餅で鼻を作ってつけるとか、みう40年以上も読んでへんのに、ちゃんと覚えてるんやもんなあ。手元にないから読み返すこともしてへんしねえ。それでも覚えているということはよほど印象に残ったということやろうな。
 謹んで哀悼の意を表します。

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衣笠祥雄の死 [追悼]

 今日も授業がめいっぱい入っていて、火曜日が終了した時点でもう気分は週末。雨の中、とぼとぼと帰宅。今日はタイガースの試合も雨中止。夕食後、妻と何本か録画したアニメを見る。だいぶたまってきているんで、こういう機会に少しでも見ておかねば。まあもうそろそろ録画するのをやめる作品も決めておかんとね。あまりにも録り過ぎです。
 プロ野球広島東洋カープの永久欠番3で、連続試合出場2215試合の記録を持つ衣笠祥雄さんの訃報に接する。享年71。死因は上行結腸癌。
 衣笠さんは私がプロ野球を見始めた時にはもう若くしてカープの主軸を打っていた。カープが優勝した1975年、私は中学1年生。その時点でもうすでに熱烈なタイガースファンやった私やったけれど、カープの優勝は素直に祝福していたと記憶している。万年最下位のチームが優勝したんやもんな。「常勝を義務づけられている」などという傲慢なジャイアンツの優勝とは意味が違う。その後、カープはしばらく黄金時代が続く。カープに江夏さんが移籍していって、そこで初めての優勝を体験して大喜びしてはるのを見た時も、悔しさはあったけれど(なにしろタイガース戦で優勝を決めたんやからね)、江夏さんの笑顔でその悔しさもかき消えた。
 強かったよ、あの頃のカープ。その中心に衣笠さんがいた。孤立しがちな江夏さんの味方になったのも衣笠さんやったと、川上健一さんの名作「サウスポー魂」(講談社文庫)に書かれていたので、より好感度が増した。
 とにかく豪快なスイングとしなやかな動きの守備が印象に残っている。素晴らしいプレーヤーやったけれど、不思議なことに指導者としてユニフォームを着ることなく終わった。山本浩二監督の時にコーチになるのかなと思うていたのに、なぜか解説者のまま。おそらくカープ以外のユニフォームを着る気はなかったやろうから、何度かタイミングを逸しているうちに世代交代の時期を迎えてしもうたのかもしれん。これはもとフライヤーズの張本勲さんもそうなんやろう。選手としての存在が偉大すぎたのかなあ。
 一度はコーチか監督でユニフォームを着てほしかった一人やったことは間違いない。
 解説ではあの「ゴリ」とあだ名されたいかつい風貌とは対照的なやさしい語り口で、わかりやすくプレーを分析してはった。しゃべりすぎず、しかし的確にポイントを指摘するような解説やった。朝日新聞で毎週解説を書いてはったけれど、そちらも非常に細やかな解説で、いろいろと勉強になった。
 星野仙一さんに続いて衣笠さんか。少年時代にそのプレーを見ていた人たちが次々と鬼籍に入っていく。それだけこちらも歳をとったということか。
 謹んで哀悼の意を表します。

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月亭可朝の死 [追悼]

 愛すれどTigers「小野、今季初登板初勝利」を更新しました。

 今日は午前中は始業式、午後は入学式。人権担当として両方の式で「いじめ防止基本方針」について説明する。そちらの仕事と並行して、奨学金関係の問い合わせやらなんやらと多忙。ひととおり仕事が終わり、仕事部屋に戻るとなんかぐったり。特に大勢の前で話をするのは疲れるなあ。気温も低く、体育館は特に寒かった。その影響もあるのかな。
 帰宅して、録画したアニメを見たり読書をしたり。
 パソコンに向かい新聞のサイトを開いてびっくり。落語家月亭可朝さんの訃報 に接する。享年80。死因は急性肺線維症。
 去年久々にCDとアナログレコードを出し、可朝健在を示したところやっただけに、ここからもう一度盛り返すかと思うてたんやけれどなあ。「嘆きのボイン」や「借金のタンゴ」など、今ならとても新譜として発売でけんような曲を歌う歌手としての方が印象に残ってる人もいてはると思うけれど、可朝さんはれっきとした落語家でしたぞ。
 カンカン帽に眼鏡、髭のトレードマークで高座に上がることもあったけれど、預かり弟子とはいえ桂米朝の一番弟子ですよ。私は残念ながら生の高座を見ることはなかったけれど、テレビで見た「住吉駕籠」などは落語家としての実力をいかんなく発揮してはった。
 月亭の屋号を復活させ、八方さんという人気者を育て、孫弟子の八天さんは文都の大看板を継いだ。可朝さんがええかげんな落語家やったとしたら、一門なんて作られんと思うよ。
 参議院選挙に立候補してみたり、賭博で逮捕されたりと落語以外の話題が多かったのは事実やけれど、新聞のサイトの訃報記事では“カンカン帽姿で奏でるギター漫談で人気を集めた”とまず書かれてしまうわけで、まあ落語家としては型破りではあるけれど。東京落語ではまずこういうタイプの落語家は出てこんかもね。
 一時期は仁鶴、三枝と並んで若手落語家の人気者とされてたりしたけれど、型破りな分、ファンを選ぶようなところがあったのかもしれんねえ。
 おそらく追悼番組なんかは製作されへんのやろうけれど、せめてNHKくらいはアーカイブの中から「上方落語の会」あたりでその高座姿をちゃんと放送してほしいものです。
 謹んで哀悼の意を表します。

 4月15日(日)は、「たちよみの会」例会です。多数のご参加をお待ちしています。

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高畑勲の死 [追悼]

 週明けから新学期。その準備に追われる。天候は一日ほとんど雨。帰路にはかなり強く降っていたこともあり、帰宅してからはごろごろしながらプロ野球中継を追っかけ再生で見る。大阪は雨やったけれど、球場は京セラドームなんで関係なし。タイガースは連勝ストップ。明日からまた連勝してくれたらよいのです。
 アニメーション監督高畑勲さんの訃報 に接する。享年82。死因は肺癌。
 まだ小学校に入る前から、母は私を「東映まんがまつり」に連れていってくれた。私の記憶ではたぶん「アンデルセン物語」から「アリババと80匹の盗賊」くらいまでは毎年夏休みと春休みに当時河原町三条にあった「京劇」という東映直営の映画館に連れていってもろうていたと思う。
 「アンデルセン物語」は退屈やったという記憶があったけれど、次に連れていってくれた「太陽の王子 ホルスの大冒険」は子ども心にも凄く夢中になって見たという覚えがある。この映画は小学校に入学した時に学校の講堂での「映画鑑賞会」でもう一度見ることができた。担任の先生に、この映画がどんなに面白いかと語ったんやなかったかなあ。
 カットされてはいたけれど、夏休みにテレビで放送されると必ず見た。高校入学後はおがわさとしさんたちといっしょに上映会に見に行ったりもした。なにしろホームビデオなんてない時代やから、見られる機会を逃したくなかったのです。「長ぐつをはいた猫」「どうぶつ宝島」も同様。この3本を幼い時にリアルタイムで見られたのは幸せなことやったと思う。
 テレビでは友だちが「宇宙戦艦ヤマト」に夢中になっている時に、私は「アルプスの少女ハイジ」を見ていた。そして、「ホルス」も「ハイジ」も高畑勲という人が作った作品やということを知った。「母をたずねて三千里」「赤毛のアン」、そして「じゃりン子チエ」(劇場版、テレビ版とも)。ここらあたりまでが私の好きな高畑作品かなあ。
 スタジオジブリ設立後はアニメーションの楽しさよりも表現を突きつめていくことを優先させている感じがして、特に「おもひでぽろぽろ」はもう「こらあかん」と思うた。テレビで見た「ホーホケキョ となりの山田くん」もいしいひさいちの原作をいかに解体して再構築するかというような作品に仕上がっていたし(むろん高校時代に放送していた「おじゃまんが山田くん」よりは完成度の上では比べものにはならんのやけれど)、「平成狸合戦ぽんぽこ」は面白かったけれど、ラストがどうも私には納得いかんかった。
 とはいえ、宮崎駿さんと組んだ数多くのテレビアニメは手塚漫画や円谷特撮などとともに私の血肉になっているものばかり。ええ歳して毎日何本もアニメを見続けているのは、その魅力を高畑さんや宮崎さんに刷りこまれたからやと、それだけは間違いないと思うている。
 「太陽の王子 ホルスの大冒険」はビデオでもDVDでも買うて手元に保管している。劇場版の「じゃりン子チエ」もDVDを前任校では毎年生徒たちに見せていた。時代を超えて、生徒たちも楽しんで見てくれた。「ホルス」をリアルタイムで見てなんだら、私の感性はまた違うものになっていたかもわからんな。私の中では非常に大きい存在なのですよ。
 高畑さん、ほんまにありがとうございました。
 謹んで哀悼の意を表します。

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